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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大河ドラマ「平清盛」視聴②~物語の展開を楽しむヒントを得る

 とりあえずは、満腹気味の王朝絵巻のイメージとか今様、和歌等々の情報量とその演出については気にしないことにする。また、平氏と源氏一門、王家、藤原摂関の権力闘争、得子」「璋子」「時子」の姫君等も、自分が知っている事とのかかわりの中で、描かれている事や情報を抜き出して整理するということにする。
 その上で、自分の知りたいと思う感性をくすぐり、物語の展開を楽しむヒントが得られるサイトを探す。

 ドラマでは、「祇園乱闘事件」を描いた第13話が、視聴率最低を記録したようだ。
 久安2年(1146年)、正四位下という異例の官位に昇進するという順風満帆に出世を重ねた平清盛が試練を味わうことになるのが、翌久安3年(1147年)のこの「祇園乱闘事件」ということのようだ。
 これを楽しむヒントを、「坂の上のサイドボード」というページの解説からいただく。
 その一つは、物語の展開にかかわる部分。
 6月15日、清盛は恒例の祇園臨時祭で、祇園社(八坂神社)に田楽舞を奉納するため、田楽を奏する楽人と護衛の家臣を派遣したという。清盛の郎等は武具を携えたまま境内に入ろうとして、武装解除を求めて参詣を制した祇園社の神人と対立。互いに興奮して、ついには郎等の放った矢が神官や宝殿に命中し、けが人まで出るという事態に発展したとのことだ。
 祇園社の神人が、かかわりの深い比叡山延暦寺の衆徒に告げ、日頃から平氏の存在を快く思っていなかった延暦寺が、鳥羽法皇の御所へ参内し、平忠盛・清盛父子の官位、官職の剥奪と配流を求めたとされるとのこととか。

 清盛側は、延暦寺の動きを察知した忠盛が、事件に関与した郎等7人を検非違使に引渡して事件の幕引きを図ろうとしたが、延暦寺の怒りは収まらずに、26日に祇園社、鎮守日吉社の神輿を担ぎだして強訴を引き起こしたという展開らしい。
 ここを、ドラマではわざと神輿を狙って矢を射たように描かれるが、これは吉川英治『新・平家物語』の展開とのことだ。

 もう一つが、衆徒の神輿の担ぎ出しについての予備知識。
 関白藤原師通が、嘉保2年(1095年)に、神輿の入洛を武力で鎮圧した事件があって、その4年後に師通が38歳の若さで急逝したことがあって、これを延暦寺は天罰が下ったと喧伝したことがあったとのことだ。
 これで、僧兵の強訴は、法皇や摂関家ももてあましているという状況があって、その矛先が、清盛に向けられたということで、清盛の政治的危機の強さが理解できた。

 こういったちょっとしたエビソートを知ることで、自分なりにドラマの物語の展開の意図やその深さが納得ができるようになり、楽しさが増すようになると思っている。
Commented by sakanoueno-kumo at 2012-04-13 19:22
はじめまして。
拙ブログのフォローありがとうございます。
また、拙文を紹介していただき恐悦至極です。
私もフォローさせていただきます。
Commented by shingen1948 at 2012-04-15 06:20
直感的に、この大河ドラマは、提示される複雑な人間関係から自分の楽しみを抽出していくことで、より楽しめるようになるドラマなのではないかと思いました。
貴ブログで、そのヒントをいただいています。
これからも、よろしくお願いします。
by shingen1948 | 2012-04-11 05:20 | ☆ 映画話題と視聴記録 | Comments(2)