地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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旧道諸説を歩いてみる⑥

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 暫く笹藪の道筋に沿って歩いていくと、その道筋が登り道になりかけたところで、本格的に道筋が塞がれることになる。
 その先が最近の開発道なのだろうことは、直ぐに分かる。先の左手に並べられた樹木は、この開発道からの侵入を防ごうとしたものらしいことがこの時に納得する。


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 今まで歩いてきた道筋は、開発道からは侵入を禁止された道筋だったことが分かる。


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 開発道に沿って南に進むと、開発道の右手に旧道が見える。もう一度、旧道の道筋に入り込む>
こちらは進入禁止にはなっていない。


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 その道筋から再び開発道に脱け出るようになるのだか、その脱け出た所に気になる土塁が積まれている。
 今までなら、家に戻って汚れものを洗濯機に放り込んで終わりになるところだが、そうはいかない。その日は、とりあえずビニール袋に放り込んで外に置き、次の日からママチャリとその来ていた服の泥を外の水道で洗い流すということになる。

 この付近の旧道諸説は、大きくは二つの道筋だ。その一つは、「現在の福島大学北側のハッツケ地蔵から北進する」道筋とそのバリエーションであり、もう一つが、「字本山地内から旧平沢村の湯ケ原に下りる」道筋なのだと思う。
by shingen1948 | 2012-04-08 05:26 | ◎ 奥州侵略の路 | Comments(0)