地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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旧道諸説を歩いてみる⑤

 穏やかにS字に進む辺りには、まだ残雪があったりするが、それから後は整備された道筋がずっと続く。
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 松林付近からは、写真でも明かに西側が開けたという感じがする。その開けた西側に平場が開けたり、その平場に崩れた石塔があったりするような普通の山道が続く。

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 それが、突然にその道筋の左手に樹木が並べられるようになる。左手に行く事を禁じたものなのか、あるいは左手からこの道に入り込む事を禁じようとしたものなのかは分からなかった。そして、その道筋自体が樹木で塞がれる。

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 とりあえずその先を確かめようとした辺りで、西側の視界が開け、おおよその位置の見当がつく。
 そこから更に進むと、道筋が二つに分かれる辺りだ。


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 西への下り道となる道筋が見える。
 家に戻って地図と照らし合わせてみる。地図にはこの道筋はないのだが、降りた西側の道筋が描かれることとのかかわりから、これが、東山道の諸説の一つ「現在の福島大学北側のハッツケ地蔵から北進して牛坂に降りる」道筋のその「牛坂に降りる」道筋だったのではないかと想像する。


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 それからも暫く笹藪の道筋になるが、砂利敷きの道筋だ。
by shingen1948 | 2012-04-07 05:20 | ◎ 奥州侵略の路 | Comments(0)