地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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旧道諸説を歩いてみる④

a0087378_453246.jpg 歩いた感覚でいうと、最初に左側に回り込む道筋が、右に大きく回り込む辺りまで、笹藪の中で、じめじめとした道筋だったというイメージだ。
 途中、右手に鎖の車止めの道筋が見える。この道筋が山発田へ降りる道筋だろうか。


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 阿部氏が描く旧米沢街道を水色でなぞり、奥州街道の道筋を赤でなぞる。そこに、小林氏が奥大道をイメージする旧道を橙でなぞると、緑の道筋に気づく。これが、山発田へ降りる道筋だろうと想像する。
 これが、東山道の諸説の一つ「石那坂の吉次宮手前から山発田に降りる説」を思い浮かべる道筋だろうか。メモには「山発田は、大日本地名辞典に「昔のもの片原の宿」があるとする」とも。

 暫く藪が続き、小心者なので、戻り時を考え始めていたのだが、その藪道を過ぎると、やや整備された道筋になる。
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 砕石で整備された跡がみえ、轍も見える。このあたり、地図で確認すると、上りの東北線のトンネルを横切るあたりだろうか。
 それで、そのままもう少し進んでみる事にした。


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 撮った写真を確認してみると、暫くは視界が塞がれているように見えるのだが、歩いた後の感覚的では、西側が何となく開けたという感じで歩いていたような気がする。
 尾根近くを通っていたことなのだろうとは思う。
by shingen1948 | 2012-04-06 05:20 | ◎ 奥州侵略の路 | Comments(0)