地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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原発事故災害と差別意識③ ~今から思えば(2012)の5の4

 自分は、日常のしがらみの中でここに留まっているだけだが、県内在住の名のある学者や表現者が福島にとどまるのには、そのことに決意が伴うらしい。被ばくや差別を判断材料に、自由選択の範囲に居住地を持つという姿は、表現者としてのカッコよさがあるが、生活者としては哀れでもある。
 逆に、日常のしがらみの中でここに留まる者には、そういう差別文化など知らないための幸福感があった。しかし、今回の原発事故災害によってこの幸福感は失われてしまった。
 知ることによって得たものを考えるしかない。ということで思いつくのは、豊かな想像力で差別を受けた方を思いやることができるようになっているということだろうか。

 いわれなき差別の蔓延が偏見や排除につながるという差別は、広島や長崎の被爆者の方が体験されている。今までもその体験が語られるのを見聞きしている。しかし、差別文化の薄い地域内で生活する者には、その痛みの実感が薄かったように今は感じる。
 「記者の目」【毎日新聞(2011/4/19)】に、広島で被爆された福島在住の方が、妻に被ばく体験を打ち明けたのが戦後50年を過ぎてからだったという体験が紹介されている。
 この背景が、「被爆者にまつわる耳を覆いたくなるような風評」とオブラートにくるんで表現される差別文化に伴う事象だ。被災者側に立ってこれが受け止められるようになったことで、自分の感覚は、その痛みに実感を伴って寄り添う想像力が深まっているようだ。
 「大正100年~歴史に探る日本」【毎日新聞(2011/3/15)】には、1923年の関東大震災時、隣近所の助け合いが強まって、自衛団が強まった事例と共に、以下のように事例が紹介される。
 一方で、朝鮮人の虐殺のように、仲間以外の他者をヒステリックに排除してしまった。植民地の人々に対する、日本人の隠れた罪悪感の裏返しだったのでしょう。 
 識者が正しいとは思うが、個人的には「隠れた罪悪感の裏返し」などではなく、持ち合わせている差別文化とのかかわりだった思っている。
 
 近所では、日常生活の中にいろいろな形で分断が進行していると感じている。ちょっと甘いとも思うが、痛みが分かる豊かな想像力を促すための試練かもしれないと思っている。
by shingen1948 | 2012-03-17 06:02 | ☆ 地域・自治話題 | Comments(0)