地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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原発事故災害と差別意識~今から思えば(2012)の5の3

 以下の事柄は、漠然としたリスクに対する不安で解説される事が多い。
 8月の東海テレビ(名古屋市)が情報番組の中で「汚染されたお米 セシウムさん」というテロップを誤って流したこと、京都の五山送り火において、鎮魂と供養のために岩手県陸前高田市の津波に倒された松のまきを燃やすプランが、「放射能に汚染された灰がまき散らされる」といった多数の市民の抗議を受けて、中止に追い込まれたこと。
 9月の福島の産地から送られた農産物を販売する「ふくしま応援ショップ」が、福岡市内で行われるはずであったが、「九州に福島の物を持ち込むな」「地域の汚染が広がる」などの声によって取りやめになったこと。愛知県日進市の花火大会で、川俣町製の花火の打ち上げが中止されたこと。福島県内で製造された橋を架けるなという大阪近郊の運動。
 県内の識者やマスメディアは、正しい理解を深め、安全性を丁寧に説明する努力をすれば、これ等の問題は解消できるとする。
 しかし、実際には、安全とされる数値、あるいはその地と変わらない数値を示されて納得されたという報道は見ない。そこで、これ等を不信という概念とのかかわりで説明して辻褄を合せるようだ。

 これを、差別意識という視点から説明されるのを見た。赤坂憲雄氏(県立博物館長)の「あぶくま抄」【福島民報9/18】で、上記の事件を差別にかかわる事例とのかかわりでとらえる。

 差別にかかわる事例は、大きく報道しないようにしているようだ。
 それでも白河以南での福島ナンバーの車に石を投げられたとか、福島からと知ると買い物を断られたとか、避難先での行政の要求やいじめとのかかわりなどという体験談は耳にする。
 この考えに県民があまり反応を示さないのは、白河の関以北の人間関係の中で生活する者にとっては、これらは心ない極く一部の限られた方々の態度と捉えるからだろうか。また、白河の関以南の人間関係の中で生活する識者の方々にとっては、触れられたくない文化とのかかわりなのではないかと想像される。
 それで、この見方が流されてしまうような気がして、赤坂憲雄氏の「風評被害と戦うために」【福島民報9/18<あぶくま抄>】を固定してみた。
http://megalodon.jp/2011-0918-1654-52/www.minpo.jp/view.php?pageId=4127&mode=0&classId=&blockId=9889471&newsMode=article
 この見方によれば、これらの事件は、中世以来のケガレと差別の風土が濃密に残る土地柄とかかわり、心に染み込んだ文化とかかわるということということになる。
 白河の関以南の人間関係の中で生活する方々の心と白河の関以北の人間関係の中で生活する我々との心との違いにかかわる問題ということになる。それなら、心ない一部の人々などという狭い範囲の問題ということではないということになる。
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by shingen1948 | 2012-03-15 05:20 | ☆ 地域・自治話題 | Comments(0)