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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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今から思えば(2012)の4

 昨年3.11以来思考が停止している。その自覚があって、図書館や書店で設置される東北大震災や原発事故のコーナーには近づかないようにしている。
 もう一つ感覚的な症状がある。それは、この災害にかかわる報道を素直に観られていない自分がいるということ。ただ、歪んだ見方をしているという自覚はあるのだが、その起因するところが曖昧なのだ。

 そんな時、宗教に関心があるわけではないが、たまたまNHK教育「こころの時代~宗教・人生~」を観た。
 山浦玄嗣氏が、医院のある岩手県大船渡市で、東北大震災の被災と向き合う姿を伝えていた。キリスト教徒でもないので、この方については、ケセン(気仙)語の聖書を書かれた方という程度の認識しか持ち合わせていない。

 まず導入で語られたのは、一町医者として被災した患者と接した時の感慨が中心で、地元の電気屋さんや水道屋さんに助けられたことなども語られる。
 これが、素直にすとんと入ってきた。

 それから、津波被害に関わって、宗教的な考えを織り交ぜ、祈りの原点とか、災難をどう考えるかという話が、展開する。
 要約してしまうと空々しくなってしまうが、途中の話の積み重ねで素直に自分の心に確かに響いている。
 この津波の災害の中で、我々は本当に打ちのめされて、生きているんだか死んでいるのか、自分もわからないほど心がポッカリ空白になって、何を言っていいのか、何を感じていいのか自分の感覚さえもわからなくなってしまう、そんな虚脱感の中に叩き込まれました。
 でも、また立ち上がろう、また立ち上がろうではないか、そして明るく朗らかに元気に力強く新しい暮らしを始めて行こうではないか。

 ここで気づいたのは、津波という災害に向き合う姿を観た時には、歪んだ見方が全くないということだ。
by shingen1948 | 2012-03-11 05:51 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)