地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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最近の原発事故ニュース加工傾向②~今から思えば(2012)の2

 元々、新聞報道は、話題性を担保するために、事実を歪めるようなことはあってはならない事と勝手な思いがある。それが、報道される記事の話題性と事実の両方が視野に入る立ち位置から眺めると、怪しいものであることに気づく。

 先の記事から、話題の主の旧地が読める。
 「福島第一原発から70㎞離れた福島市郊外」は、フルーツライン沿い付近だろうと想像がつく。
 記事によれば、この地点に「戻るたびに子どもたちは鼻血を出し、下痢を起こし、大人は口に血豆ができる」ということだ。しかも、これが、放射性物質の影響以外は考えられないとのことだ。
何処にもそうだとは書いていないが、素人の読み手には、被ばくによる急性の症状とイメージするように記事は構成されている。
 これが、話題性だろうか。

 避難民の方がそう思い込んでいるということは、あり得ると思う。そういう意味では、事実の報道とも言える。
 しかし、この記事は署名記事である。記者が、この文章に責任を持って書いたという記事である。従って、福島市近郊のフルーツライン沿い付近で、被ばくによって急性疾患を起こした方がいらっしゃるという事の報道という体裁もとっている事になる。
 これって、大スクープの内容になるのではないかと思うのだ。
 何故なら、この地点は、福島市では比較的放射線量が低いと見られているのだから。

 事実とのかかわりで、ついでに、もう一つ。
 記事では、このお宅が新築で半壊都の事だが、自分が散歩している範囲の中で、このフルーツライン沿いで、新築住宅が半壊する地点をみつけられない。付近を散歩した時には、この付近、被害が少なかったなぁというのが実感で、その感覚とのずれも気になるところ。

 記事中で、避難者に「真実と見通しを正確に伝える義務」を語らせる。
 大手中央紙の全国版記事で、しかも署名記事という信頼性の高さを誇る記事は、避難者に語らせるということで、その義務を放棄してはいけないのではというのは、散歩人の勝手な思いか。
by shingen1948 | 2012-03-08 05:20 | ☆ 地域・自治話題 | Comments(0)