地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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奥州街道浜田町付近

 散歩資料を確認すると、奥州街道浜田町付近は、スポッと抜ける。
 福島城下の散歩資料では、旧奥州街道の仙台口の大木戸とされる現マーケット付近までが紹介される。また、この北側の付近は、信夫山とのかかわだったり、瀬上宿とのかかわりだったりしながら紹介される。

 確かにこの付近、これといったものは無さそう。ただ、個人的には懐かしい。
 現マーケット付近は、元明治末年からの青果市場だったはずで、昭和47年に矢野目に移転したという状況。
 学校群あたりは、福大学芸学部(教育学部)。その向かいには、その学生を見込んだ飲食店等々が並んでいたその名残りの風景。その北側と東側には、その学生を見込んだ下宿屋、アパートが並んでいた。そんな風景を思う。a0087378_571621.jpg
 北五郎内遺跡で税務署とされた地点には、自分の記憶では済生会病院が建っていたはず。これが、最近移転して、競馬場の駐車場になっている。

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 その福島競馬場も、昨年は開かれなかったはず。これが、地震被害なのか、原発被害なのかは分からない。
 
 そして、この道路にチンチン電車が走っていた。その駅は、市場前、福大前、桜木町?だったかかな。
 そこに、今回は西に信夫郡家の正倉院跡を、学校群の東に腰浜廃寺をイメージしたということ。

a0087378_592462.jpg その間の鼻取り地蔵尊と天満宮が鎮座するのにあれっと気づいたのは、最近だ。
 「ふくしま散歩」にこの伝説が、紹介される。伝説の類は、その整理を避けてきたところではあるが、そちらも整理してみるか。
by shingen1948 | 2012-02-28 05:23 | ◎ 奥州街道 | Comments(0)