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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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上条古墳群付近②

 先に上条古墳群付近を散歩した事については、整理していると思っていた。
 本宮市庚申壇古墳の現地説明会に出かけたのは、2007年頃だったろうか。この古墳は、古墳時代中期以降における福島県中通り地域中部の有力首長墓群である七ツ壇古墳群の中の一つの古墳で、墳長約40mの前方後円墳とのことだった。
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 この発掘調査の前に、上条1号墳の発掘調査をしていたとのことで、その報告書を確認して散歩した。現況では1号墳しかないが、報告書では、他の消滅した古墳群の位置も示されていたので、イメージを膨らませながらその辺りを散歩した。
 現在、震災の影響で図書館が完全復旧しないので、気軽に資料確認ができないが、その時の記憶では、この付近から115号線国道付近にかけての範囲に分布していたということだったはず。
 「ふくしまの歴史」によれば、その2号墳(円墳15m)の横穴式石室から金銅製圭頭太刀の柄頭(6世紀後半~7世紀前半)・八窓倒卵型鐸・鐸の金具・ガラス製小玉が出土したとあるが、今はその2号墳の位置記憶はあいまいだが、それらの遺物を念頭でイメージと結び付けて散歩したはず。
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 上条1号墳は、見た目は、二つの丘陵があって、その北側の丘陵の石積みの上に祠があるというような状態だが、これが「6世紀後半に築造された墳長46mの前方後円墳」とのことだ。

 丘陵の石積みに見えるのが、「後円部の横穴式石室が一部露出」した状態ということだ。
 その埋葬施設の横穴式石室は、一枚石の奥壁を持っていて、その床面に礫が敷かれていたということだったらしい。
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 その内部の様子が見える写真が、2008「福大考古学室所蔵資料特別展示」案内ポスターにあった。

 「ふくしまの歴史」の発行を確認すると平成17年(2005)だ。僅か数年の間の記述される内容に変化があることを実感する散歩でもあった。 

 なお、この近くの「日向古墳群」を散歩したことについても整理していないのかなと思ったら、こちらは、「忘れ去られる古墳群」①~「日向古墳群」 として、整理してあった。
by shingen1948 | 2012-02-27 05:20 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)