地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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腰浜廃寺付近

 自分の住んでいた辺りを確認してみる。
 昔を懐かしく思うようになるのは、先に心細さしかなくなった時とのこと。

 記憶にある道筋をたどるが、当時の面影はない。確かお店の隣だったはずなので、その店が頼りだったが、この辺かなというあたりに、店らしきものはない。
 ぐるりと見回すと、その商店名と同じ表札が掲げられた民家があった。それを目印に周りを見回していると、何となくこの辺だったと思えてきた。
 その記憶をたよりに、阿武隈川方面に向かう。当時は、その辺りは畑地だったはずだが、びっしりと民家が建ち並ぶ。その向こうに、記憶と一致する建物を見つける。何となく、その頃の記憶が蘇ったような気分になる。

 その感覚をもとに、稲荷神社を探す。a0087378_3391992.jpg
 稲荷神社にこだわるのは、腰浜廃寺跡調査状況の写真には、その脇に稲荷神社が写っていたことと、この辺りに住んでいた記憶を結び付けたかったからだ。

 その「腰浜稲荷神社」前には、白い案内柱が建っていて、直ぐにそれと分かったが、記憶には結びつかなかった。当時、関心がなかったからだろう。

 鳥居脇に、「腰浜廃寺跡」の案内柱も建っていた。a0087378_3411422.jpg
 特に案内はない。以下は、「ふくしまの歴史」よりの引用。
 腰浜廃寺は、信夫評造(大領)の私寺で、7世紀後半ごろに朝鮮半島の百済系の瓦を用いて建てた東北地方で最も古い寺院です。7世紀末に信夫郡寺に昇格します。

 更に、金堂の基壇は、23×19mで、多賀城より大きく堂々とした寺院であり、信夫郡家・郡寺は、朱塗りの柱・青い瓦の壮大な建物群が並ぶ、見事な景観であったことだろうとの紹介。
by shingen1948 | 2012-02-22 05:20 | Comments(0)