地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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ノートルダム修道院~2012の立春の頃の風景⑪

 大きなくくりで「東日本大震災」というけれど、その被害を、大別しただけでも3つある。その一つは地震による被害であり、もう一つは津波による被害、更には、原発事故に伴う被害と幅広い。
 この2012の立春の頃の風景としてノートルダム修道院が更地になったこととかかわる被害は、その中の地震による被害。
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 6月に、地震による被害を受けた状況について、「破壊された建物③~今から思えば81」として整理し、年末には、「ノートルダム修道院解体」として整理したところ。
 ここまでは、ちょっとさびしいとの思いはあったが、それでもその面影は残っていた。それが、更地になってみると、ここにあの建物が建っていたことをイメージするのは難しい。完全消滅という0の状態と極く僅かであっても痕跡の残る有の違いとでもいえばいいのか。
 その落差の大きさを実感。
 「桜の聖母短大「旧修道院」解体始まる 大震災で大きな被害(2011年11月15日 福島民友トピックス)」
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 東日本大震災で大きな被害を受けた、福島市花園町の桜の聖母短大構内にある旧ノートルダム修道院の解体に向けた作業が14日から始まった。
 旧修道院は布教や教育活動を目的にチェコ人の設計で1935(昭和10)年に完成。戦時中は終戦までの3年間、連合国側の民間人140人を収容した外国人抑留所としても使用された。
 震災で屋根や外壁などに被害が生じたため取り壊しが決定。この日は修道院や学校法人、工事関係者らが解体前の祈りをささげた。
 解体作業は来年1月末で終了の予定。解体に当たっては、建物の文化的、歴史的な価値から保存の要望があったが、シスター今泉ヒナ子院長は「信仰の遺産がなくなることは心苦しいが、財政的事情からやむを得ない。今後は新しい復活に取り組みたい」と話している。

by shingen1948 | 2012-02-18 05:22 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)