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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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2012の立春の頃の風景⑧~御山千軒遺跡付近⑦

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 東北本線を跨ぐ陸橋から眺めてみたり、路地に入って歩いてみたりして、この地から受ける実感イメージの修正をする。そんな中で、みつけた遺跡と直接はかかわらないようなよそ道を整理するはずだった。

 ところが、「ふくしまの歴史」のこの遺跡の出土品で気になる解説をみた。

 出土した桃の種は、弥生時代の遺跡でも発見されていますので、弥生時代から食用にされていたと思われます。この桃の種は、3300個を越え、大きさが30~40㎜ありました。古墳時代の日本に古くからあった種(在来種)の大きさは25㎜位ですから、御山千軒遺跡で発見された桃は中国から伝えられた新しい品種であったと考えられます。
 この遺跡の旧河川跡からは、吉祥文字が書かれた墨書土器や、桃の種、トチ、クルミ等の植物遺存体のほか、多量の木製品が見つかったということだった。植物遺存体もあったことは頭にあったが、特に気になったのは、この桃の種が3300個を越える大量ということだ。
 専門とする方は、慎重な物言いをしなければならないのだと思うが、単純に散歩を楽しむ者は、勝手な想像が自由という事で、大胆に驚く事ができる。

 思い出しているのは、邪馬台国の有力候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で、3世紀中頃の穴から桃の種約2000個や竹製のかご6点などが出土したという2010/9/17のニュースだ。
 ここで注目されたのが、大量に発見された桃の種だった。
 古代中国の道教の神仙思想では、桃は不老不死や魔よけの呪力があるとされた。3世紀末の中国の史書「魏志倭人伝」は卑弥呼が倭国を鬼道(呪術)で支配したと記し、鬼道を道教とかかわるとみる説もあるということだった。

 時代も発見状況もそんな大きなニュースとは比べものにはなるはずもないが、桃の種が1か所でこれほど大量に見つかる例はないとするその数は2000個とのことだ。それが、御山千軒遺跡付近では、3300個を越すというのだ。これには注目してもよいのではないかとの勝手な思いだ。

 刀や馬の形に切り抜いた祭祀に使う道具(形代)と思われると思われる木製品も出土しているとの記載もある。
 この大きなニュースの時の専門家の方の談話に、「桃は神仙思想の象徴。圧倒的な量から、山のように積み上げて国家的な祭儀を行ったことをうかがわせる」とあった。この状況はそのまま当てはまると思うのは、大胆すぎるのだろうか。
 福島の専門の方は、「御山千軒遺跡の桃の種は、夏のまつりに使われた可能性も考えられます」と慎重な物言いだ。また、御山千軒遺跡のデータベースでは、この遺跡で発見されたとある桃の種、トチ、クルミ等の植物異存体をみつけることはできない。
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 少なくとも、福島は「桃の里」として売り出したい思いを持っている気がする。その連続性はあやしいが、この遺跡にはその原点を意識させられる特徴は持っていると思う。
 その観点で、桃に関わる受け売りを整理する。

 モモは、古代中国の神仙思想では、不老長寿や魔よけに効く特別な力があるといわれ、漢代に不老長寿や秩序を象徴する神として信仰を集めた女性の仙人・西王母(せいおうぼ)も不老長寿の仙桃(せんとう)を持ったとされる。
 日本には弥生時代に伝わり、食用以外に不老長寿や厄よけのため祭祀に使われたとされる。
by shingen1948 | 2012-02-15 05:20 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)