人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

2012の立春の頃の風景⑥~御山千軒遺跡付近⑤

 御山千軒遺跡発掘の主たる成果は、平安時代を中心とした集落跡ということであるということらしいのは、マホロンの遺跡紹介ページからも伺える。
 その中から、ここが湿地のそばであることや水辺のむらとして紹介されることに視点をあてたのは、自分の感覚とのズレの確認という意味合いもあった。
a0087378_504425.jpg
 その視点を持つきっかけは、「『ふくしま』を知る」という講座だった。
 骨子に関わる話よりも、その枝葉にかかわる話に興味を持つのは自分の性癖なのかもしれない。
 骨子に関わる話は、出版される本でも確認できるので、さらりと聞き流す。大事なのは、それに携わってきた方の思いや人生観のようなものだとの勝手な思い込みだ。それは、何気ない雑談風なところに現れると思っているので、こちらを重点的に頭に入れているところがある。
 今回は、話の中に福島の盆地内では弥生時代の遺跡が少ないという話があり、これと災害とのかかわり合いとか人口流失等と関連させた話があったことだ。
 これが頭に残っていて、あらためて確認してみたら、展示されたこの遺跡の墨書土器について、福島市のホームページでは、「水辺で儀式やまつりなどが行われていたと考えられます。」と紹介されていた。更に、発見された木器についても「木で作られた道具は普通なら腐ってしまいますが、湿地であったため、水につかったまま空気にふれることがなく、長い間腐らなかったと考えられます」と紹介されているのをみつけたのだ。

 これ以前に、毎日新聞「余禄(2012.1.31)」で、これから始まる少子高齢化の問題提起に関わって、歴史的な人口減少にかかわる事例が次のように紹介されているのを読んでいたことも頭にあったかもしれない。
 平安時代や江戸時代は、人口増が頭打ちとなった時代だが、後世に豊かな文化を残した。その停滞期をはさんで住民を増やし続けてきた日本列島である。
 だが、さかのぼれば極端な人口減少期もあった。縄文時代中期から後期、晩期までだ。
 遺跡分布に基づく推計によると、縄文中期に東日本を中心に約二六万人いた縄文人は、約1400年後の晩期には約8万人にまで激減した。原因は気候の寒冷化と大陸からの渡来した疫病と推定される。(鬼頭宏著「人口から読む日本の歴史」講談社学術文庫)

 ここに、局所的なこととして、勝手に福島の弥生時代の人口流出を重ねて想像してみたということだ。
 この主たるテーマについても、全国的な傾向に加え、現在の局所的な福島の人口減少は、大震災に関わる自然災害が重なる。更には、原発という人災が更に加わったことによって起きている。これが、未来の「人口から読む日本の歴史」では、どう考察することになるのだろうか。
 人間の愚かさの考察までたどりつくことができるのだろうか。
by shingen1948 | 2012-02-13 05:14 | ◎ 奥州侵略の路 | Comments(0)