地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28

奥州街道清水宿⑤~石那坂の道筋と交わる付近から

 共楽公園への登り口に案内板が建つ案内板には、旧奥州道(陸羽街道)として清水町仲興寺前まで通じると案内する。
 ここは、その共楽公園への道筋で歩いた道筋と重なる。
 その中で、清水町の旅籠仙台屋について、「共楽公園への道筋⑦~根子町人形と仙台屋」としてふれた記事に誤りがある。
 奥州街道清水宿略図と照らし合わせてみると、仙台屋らしいとした位置は、「穀や」あるいは「かみや」さん付近のようなのだ。
a0087378_64614.jpg
 この写真は、石那坂からの道筋と奥州街道が交わる地点から清水宿を見ている。
 消火栓が見えるが、これが奥州街道清水宿略図にある消井戸と重なると思っている。
 従って、新しい蔵造り付近が、扇屋(問屋)さん付近だと思う。その奥に写るのが、先に仙台屋さんらしいとした「穀や」あるいは「かみや」さん付近だと思う。

 情報の多くが、そのように解説することで、鵜呑みにしてしまった。みんながそういうものだからという言い訳でしかない。
 皆をそういう導いたと思われる権威のありそうな資料がみつかった。
 「奥州街道『歴史探訪全宿場ガイド』<無明舎出版遍>」だ。
 「(江戸側から向かって)左手にかつての仙台屋という旅籠があった」として、奥州街道清水宿略図で、「穀や」あるいは「かみや」とする付近の土壁の建物を写真で紹介し、今もその面影が残ると結んでいる。

 権威に立ちむかつもりはなく、一応、こちらを誤りとしておくのは、奥州街道清水宿略図とのかかわりとしておく。現在の地図でも仙台屋さんはプロットされていること、その位置は、奥州街道清水宿略図に示される位置と重なることも、その理由に挙げておく。更に、道筋から、ちょっと覗かせていただいたら個人名と共に、仙台屋の郵便受けがあったことで、理由づけを補強しておく。
a0087378_69727.jpg
 「根っ子町人形」にかかわる「旅籠仙台屋」さんは、こちらだと思う。個人宅のようだが、地図上にも郵便受けにも仙台屋を公表していることで、写真を掲げさせていただいた。
 なお、明治9年の明治天皇がこの旅籠で小休止なされて、野立ての場所に移動された情報や、ここに根子町土人形の型が多数現存する主旨の情報も見たが、確認はしていない。
by shingen1948 | 2012-01-28 06:00 | ◎ 奥州街道 | Comments(0)