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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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気を感じて伏し拝む②~西の六角石のある道筋から

 吾妻山を感じながら東屋沼神社へ向かう道筋を、西の六角石のある道筋にした。
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 その位置的は、「『西の六角石』」でも記録しておいたが、六角石の整理には、このページを使いたいので、もう一度確認しておく。
 この道筋は、地元の案内誌によると、大森街道筋で、籠内から舘の方に抜けて、この六角石の前を通るとある。字名に西六角が見える。


 この六角石のある地点は、堰が横切る地点だ。
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 少し進むと道筋の東側に集落の墓地が残る。その道筋を南に進むと、八反田川を渡るのだが、これが茶畑橋で、付近に茶畑の字名が残る。何となく寺のイメージが浮かぶがよく分からない。

 この道筋は、地図をみただけだと高速道路で切れるように見える。しかし、散歩の中では、図示した砂利道につながっているように感じる。少なくとも、ここから団地に入れれるのはこの砂利道しかない。この道筋は、団地造成にも関わらず残ることを主張した道筋のように感じている。

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 その高速道路の南側からは、吾妻山が見えるが、高速道路をくぐると、震災で中断した清水とかかわる台山が、羽山よりは少しだけ奥山の感じで見えてくる。


 この道筋だが、先に整理した神社前の懐かしさを感じる風景に出合うのだが、そこから進んで、能面道路を横切り、次の団地内も住宅の間の脇道として残り続けている。
 この道筋は、その後、ヨークの裏道となって万世退路を横切った所で、再び道らしい道になる。その着きあたりで松川にぶつかるが、そこには歩道のみの橋が架かっていて、松川を渡ることができる。この道筋が、南沢又城の前を通る。

 この道筋が、地元の案内誌がいう大森街道筋かどうかは今のところ確認できないが、団地が造成されても、新しい街道筋ができても、しぶとく生き延びた感じのする道筋だなとは思う。
Commented by TUKA at 2012-01-12 20:33 x
私は六角石こそが東鑑にある笠卒塔婆のことであり、これを辿れば奥大道のルートが分かるのではないかと考え、実際そういう文献もあるのですが、どうやら違うのかも知れませんね。
先日NHKで放送された「世界遺産 平泉 金色堂の謎を追う」で紹介されたCGでは、笠卒塔婆は神社にある木製の灯篭のような形状をしており、石製でも六角でもありませんでした。
郡山や白河で一町仏とされている石碑はいったい何物なんでしょうねえ。
Commented by shingen1948 at 2012-01-13 06:57
同質の六角石の並びは東西方向ですので、東山道の道筋そのものということではなさそうというのが実感です。

東山道の道筋については、東湯野の散策や清水町村の散策、国見町の散策で、いろいろな説に出会いました。
国見町の散策で、大筋においては国道筋でいいのではないかなというのが素人としての感覚です。
この六角石については、そのことを抜きにして、位置的なものからさぐれるのか、あるいは道筋とのかかわりか、ある地点からの距離かなどはどうかなど、視点を変えて眺めて楽しみたいと思っています。
Commented by TUKA at 2012-01-13 18:26 x
> 同質の六角石の並びは東西方向
松川からは大森に向かい、そこから信夫山の西を通って平野に至り瀬上へ、というルートを想像してました。
そう考えると東西並びも不自然ではなくなるわけです。
by shingen1948 | 2012-01-12 06:02 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(3)