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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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共楽公園への道筋⑥~清水町仲興寺まで

 共楽公園への登り口に案内板が建つ案内板には、旧奥州道(陸羽街道)として清水町仲興寺前まで通じると案内する。
 3月9日の散策は、案内板に従って、共楽公園からその清水町仲興寺前まで進んでいる。
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 途中に、大正2年に、大正天皇御即位記念に建立されたという「共楽園記の碑」があり、ざっと目を通すと、近所の史跡の紹介がある。
 その中で、確かに石那坂古戦場とされるのはこの丘陵の西手だなと思いあたり、小児塚あたりまでは心当たりがある。飛ばし読みだが、錦塚、雷電澤、蝦夷穴、吉次宮、磨墨池等の固有名詞が見える気がする。ここらあたりは、案内を頂かないと分からない。
 どうでもいいことだが、入り口の案内柱は、大正天皇御即位記念の大正2年で案内されるが、碑文では大正4年とし、月と日の間は空白のままになっている。
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 「共楽園記の碑」からちょっと進んだ隣の丘には、大正3年建立とする杉妻村の忠魂碑が建つ。
 どうでもいいことの「共楽園記の碑」の建立年だが、碑文にこの忠魂碑が入っているので、大正4年の確からしさが増す。


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 これらの丘を左手に見ながら進むが、この寂しげな何もない風景は、街道筋の風景らしいとも思う。この後、街道筋は、ホテルの裏側を過ぎて、4号線バイパスを陸橋でまたいで進む。


a0087378_5515934.jpg  気になる風景が現れるのは、清水町仲興寺前近くになってからだ。
 家に戻って確認すると、気になった右手奥の建物は、清水町の旅籠仙台屋ということらしい。
※ 「ふくしまの歴史」によれば、右手奥は、旧角屋か穀やあたりで、旅籠仙台屋は右手になるようだ。まだ確認できていないことを記しておく。<1/8>
by shingen1948 | 2012-01-06 05:55 | ◎ 奥州街道 | Comments(0)