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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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梁川城現地説明会に出かける~輪王寺跡

 梁川城跡現地説明会があるというので、出かけて見た。
 梁川城跡は、中世伊達の本拠として室町時代以来機能した城館跡だ。その本丸跡とされる舘址から北東200m程の箇所について、範囲と内容確認のための調査とのことだ。
 調査の結果、整地層及び掘立柱建物跡が確認できて、15世紀を中心とした武家屋敷か寺院跡とのかかわりではないかと考えられるとのことだ。
a0087378_4532071.jpg
 自分としては、現地説明会の「調査対象区と周辺の遺構」の地図を参考に、輪王寺はこの辺にあったと想像しているらしい付近をイメージできたことの満足が強い。

 最後に見つけた輪王寺跡の案内板は、以下のように解説する。
伊達氏ゆかりの輪王寺跡
a0087378_4592742.jpg  輪王寺は、伊達氏9代政宗の夫人「蘭庭禅尼」の初願により、嘉吉元年に11代持宗がこの地に創建した。夫人は、将軍足利義満の叔母にあたり、都との交流を深められた。
周囲に堀や築地塀のある土塁をめぐらし、後花園天皇のごしん筆の額を掲げて壮大な寺院であったが、火災により焼失した。
 以降、輪王寺は、伊達氏とともに会津・米沢などを経て、現在は仙台市北山に所在している。
 梁川町教育委員会
 先の散歩でのおおよそこの辺りという感覚と相違は無い。ただ、より実感を持つことができたということだ。
 前回は、この遺跡にかかわって他所者が不審がられない散歩の道筋が見つからなかった。それに、少し痕跡として残っている北側の土塁と堀の位置も実感できず、よく写真で見かけるが案内板なども見つけられなかったのだ。
a0087378_525846.jpg
 今回着目したのが、「輪王寺跡は土塁と堀に囲まれた方形の城郭寺院跡で、いざ合戦ともなれば館として機能した。いま北側の土塁と堀が少し残っているが、境内部分はすっかり住宅地となっている。」という案内だ。

 この「土塁と堀に囲まれた方形の城郭寺院跡」ということと、現地説明会の「調査対象区と周辺の遺構」の地図で輪王寺跡として囲まれたことを頭において、辺りを歩き回れば、地形的な特徴が実感できるのではないかと思ったのだ。
 その視点で、歩き回って、こんな感じに実感できた。
by shingen1948 | 2011-12-16 05:20 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)