地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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土津(はにつ)神社

 会津の用事が済んで、その帰りに「土津神社」に立ち寄った。
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 今年は、会津藩祖である保科正之公が生まれて400年の節目にあたるとのことで、若松城天守閣郷土博物館・県立博物館、猪苗代町等でいろいろなイベントが開催されたらしい。それとは別に、高遠町では、徳川将軍家を支えた名君「保科正之公」をテーマにしたNHK大河ドラマ化をNHKに要請するため、会を結成して運動を展開していたらしい。
 これらの動きが重なったこととかかわってか、この「土津神社」が紹介されるのを目にする機会が多くなった。

 この「土津神社」、半田氏の「歴史地図」の「猪苗代周辺」では、以下のようにメモされる。
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土津神社 江戸幕府2代将軍徳川秀忠の子で会津松平第1代(保科)正之をまつるためにつくられた。3年かかってつくられた神社は、まるで日光の東照宮のようだといわれたが、ぼしん戦争の時、敵にやられるよりは……と会津の軍によってやかれてしまった。今の神社は1880年につくられた。

a0087378_5475088.jpg この保科正之公の以下の経歴のように、出身地が高遠町ということで、イベントが重なるようだ。
 保科正之公は、徳川二代将軍・秀忠の四男で、信州高遠藩主保科正光の養子となる。後に、保科家を継ぎ高遠藩藩主となる。そこから、山形藩藩主を経験した後、会津藩の初代藩主となる。
 3代将軍家光の弟にあたる。
by shingen1948 | 2011-11-19 05:49 | ◎ 会津への路(戊辰戦争) | Comments(0)