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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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城裏口の石造供養塔(板碑)~大森城付近

 城山供養塔の板碑、北舘供養塔について整理したので、大森城付近の板碑というくくりで、城裏口の石造供養塔も整理しておく。
a0087378_555512.jpg この板碑も、文永8年(1271)建立ということで、これも城が創設されたとされる天文11年(1542)より以前の話。
 年代順に並べると、城山供養塔が正嘉2年(1258)、この城裏口の石造供養塔が文永8年(1271)、北舘供養塔が文永10年(1273)の建立ということになる。

 この城裏口の石造供養塔は、福島市指定有形文化財らしい。
 案内板から、その指定理由を確認すると、「鎌倉時代の優品であり、また生前にあらかじめ死後の冥福を修する逆修の板碑の市内最古のものとして、さらに双式供養塔の形式を探る点で貴重である。」としている。
 他の供養塔との違いは、二つのようだ。
 その一つが、「鎌倉時代の優品」。
 時代の古さでは三つの中では最も新しい。後半のその時代の板碑の「優品」というのが選定理由だろうか。
 もう一つが、「市内最古の逆修の板碑で、双式供養塔の形式」。
 生前にあらかじめ死後の冥福を修するという思いは、想像するよりも強く、常に死を意識していることを思わせる。
 福島市指定有形文化財
 城裏口の石造供養塔(板碑)a0087378_522712.jpg
 板碑は、鎌倉時代~室町時代頃に供養のため造立されたもので、板石塔婆・石造供養塔などともよばれる。
 板碑は、その地方に産する石材を使用しているため使用石材の差異により、全国的に種々の形のものがみられ、典型板碑。類型板碑・自然石板碑に区分されることもある。また刻まれ方の違いにより、画像板碑・種子板碑(供養の対象となる本尊を画像・または種子で現したもの)・名号板碑(南無妙法蓮華経と刻むもの)・曼荼羅板碑(種子で各種曼荼羅を刻むもの)などとよばれることもある。
 この板碑は、高さ123㎝・幅169㎝・厚さ32㎝の横長の大きな自然石に、板状に近い面取りを施してある。
 「城裏口供養塔」と呼ばれてきたのは、隣接する小字名(山田字城裏口)によるものであろう。
 向かって右に胎蔵界大日如来、左に金剛界大日如来の種子をそれぞれ円の中に刻み、さらに右手に「志為」、その下に「蓮比丘尼」「沙弥蓮持」をニ行に並べ、続けて「逆修之也」、改行して「孝行等」「敬白」と彫り、二つの種子の間に、「文永8年辛未(1271)2月2.2(4)日」と刻んである。
 右手の種子は蓮台に荘厳されている。文字の彫りはあるいは後に修刻されたものであろうか。
 鎌倉時代の優品であり、また生前にあらかじめ死後の冥福を修する逆修の板碑の市内最古のものとして、さらに双式供養塔の形式を探る点で貴重である。
 昭和58年3月15日
 福島市教育委員会

by shingen1948 | 2011-11-06 05:12 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)