人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

口にできるハーブ、食べることができるミョウガが自分の庭にある風景をめざす

 最近少なくはなったが、外出するとマスク姿のお年寄りをよく見かけた。マスク姿は、放射能を気になされていることのシンボルのようなものだ。
 テレビ等でお見受けする識者によれば、お年寄りは放射能にそれほど気を使う必要はないとのことだ。それでも、福島ではマスク姿のお年寄りが結構多かった。この時期、花粉症対策にマスクを使用する率が、福島でトップという情報を新聞で見たが、これは、調査する方が気にする物の勘違いをしたのだろうと家人と話し合った事を思い出す。

 このマスク姿をどう見るかだが、識者には奇異に見えたに違いない。しかし、同年代の者にとっては、歳をとっても、目に見えない放射能を怖いと思ってもいいのだというアピールに見えてほっとしたというところがある。
 自分もまた、専門的にはマスクの必要ない年代だが、外出時にはマスクをつけるようにした。
 歳をとっても、正々堂々と目に見えない放射能を怖いと思う気持ちを隠さない。この自己主張も大切なのではないかというのは強がりかもしれない。

 震災から暫くして、近隣や親せきに体調を崩す方が増えたように感じた。中には、亡くなられた方もあって、素人目にはこれも何時もに比べて多かったように感じている。何の根拠もないが、この放射能を恐れたり、日常を奪われたりしたストレスのようなものとかかわっているような気がした。

 年寄りは、日常の感覚を取り戻さないと危ない。
 散歩をする気分ではなかったが、とりあえず放射線量の低い地域を目ざして歩き始めたのはそんなことを思ったということもある。日常的にやっていたことをとりあえず始めることで、日常的な気分に近づけるのではないかと思ったのだ。
 放射線量が高めの時期は、デパートなどコンクリート建ての建物に出かけ、店の中をショッピングのように動き回るということも加えた。放射線量の低い場所が明らかになると、多少のリスクは覚悟で、そちらに出かけた。

 この日常を取り戻す第二弾が、家庭菜園の感覚を取り戻すことだ。
a0087378_5161079.jpg
 「食べることができるイチゴ」をめざすのは、そのスタートだ。移しかえで空いたプランターに、他のプランターの下部の土を足して、レモンバームの苗を植えた。本当は、ペパーミント系にしたかったのだが、放置していたら消えてしまったのでこちらにした。
 丸いプランターには、ミョウガを植えた。
 植えかえても、地植えのものもそのままにした。こちらが育たなかった時のための補助でもあるが、検査体制が何時か整うようなら、そのためには大量の作物が必要になるだろうと思うので、その備えでもある。

 家庭菜園の被害は、実益とかかわる農業の被害に比べると軽微な被害と思われがちだが、そうではない。作業自体と精神的なものが結びつくということだけではなく、こだわりという生き方のようなものと大きく関わっていると思っている。
by shingen1948 | 2011-10-24 05:19 | ★ 季節便り | Comments(0)