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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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不飽江(あかずえ)城

 この城付近を散歩してはいるが、この城自体を整理することができなかった。
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 「ゆの村」では、この城を「『平場』と呼ぶ平地が、今も北の方へかつての飯坂高校のあたりまで続いています。しかもその一部には『空濠』も残っていて見事なものです。」と紹介するのだが、その概観をイメージすることができなかった。見事な『空濠』を確認するために、どこから近づけるのかも分からない。

 ただ、この城を横目に見ながら、付近を散歩して整理したことが幾つかある。
 その一つが、「西原廃寺」や「高寺」を意図した散策だ。その中でも、この「暮坪」の地にかかわった整理は、「再び『西原廃寺』」だろうか。
 「暮坪」という地名が、「西原廃寺」の「久礼津坊」とかかわるだろうという説をもとにして整理している。その時代とかかわるのだろうか。

 次に、ここを直接眺めながら整理しているのが、「飯坂東線~茂庭策動軌跡」だ。
 茂庭策動軌跡と湯野のトロッコ道がめざしたのは、飯坂東線とつながる事だったのではないかと、その道筋を確かめて整理した。地図で確認すると、この茂庭策動軌跡がこの山を越えているはずだと思うのだが、……。
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 更に、この城の裏山である「暮坪山」は、信夫高校の支校から独立した飯坂高校が建設されたところで、「地元意識にかかわって②~「再び上岡遺跡」にかかわる整理で修正すること③」で、整理している。
 この飯坂高校が移転した後は、ここが湯野中学校になる。本当は、上岡遺跡の散策で東湯野中学校が知りたかったのだが、そのこととかかわりでの整理だ。「「再び上岡遺跡」の整理で修正すること②」として、整理している。

 勿論、散歩の中でこの城が気にはなっていたが、小心者には入山できる道筋が見つけられずに、横目で見ながら付近を散策していたということだった。
by shingen1948 | 2011-09-22 05:20 | ◎ 信仰と文化 | Comments(0)