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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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古舘②

 西側の掘と土塁を確認してから、案内柱で導く大ケヤキと稲荷神社の土塁に向かう。
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 右手が、その東西に走る土塁で、稲荷神社が鎮座し、大ケヤキが生える。
ここは、何度も見ているはずなのだが、別風景に見える。

 「福島市の中世城舘」では、この土塁について次のように解説する。
 東西方向の土塁は、延長約50m、高さ約3m、下端幅約7m、上端幅約5mの規模を測る。北西隅は耕作等により破壊されたものと推定される。
 西側の南北に掘と土塁が走ることを確認したことで、この東西に走る土塁との交点を意識している。
 そこの現況は、桃畑になっていることを確かめている。「福島市の中世城舘」が「西隅の耕作等による破壊」とすることに納得がいく。
a0087378_4581487.jpg
 その北西隅から東側を眺めると土塁に囲まれた空間が見える。
道の右手は、民家の敷地になっているようだ。
「福島市の中世城舘」では、「土塁内側には平場が2段に観察できる」とする。


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 民地との境に竹林が走る。そこから少しだけその内側を覗き込ませていただくが、今回は2段の平場を確認できていない。
 概測図では、先の土塁と平行に土塁と空掘を確認しているようだが、その確認は遠慮する。

 なお、先の整理で位置を示した地図に誤りがある。
 住所としては平野だが、位置的には、大笹生の羽根通付近の境界に近い位置だ。
by shingen1948 | 2011-09-03 05:03 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)