地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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気になる「田屋の清水」~再び上岡遺跡⑭~

 この地区の清水を意識しながら散歩したのは、秋山氏が、名残川と共に断層線に沿った湧水をこの地区の生活環境の一つとしてあげていたからだ。その湧水の意義に微妙な解釈の違いを感じるが、坪池氏も「字上岡13番地」で湧水にふれる。
 現在は水田、明治初年までは字宮田と呼ばれて居り、比較的古くから水田として耕作された土地であることは同所より湧出する清水(俗称田屋の清水)を灌漑水に利用出来たことによっても考えられる。

 そして、先の「遺跡付近の遺物分布図」では、字上岡13番地の東の境界線付近には、3つの「清水」をプロットする。
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 それが、この清水だと思う。
 ここは、現況ではビニールハウスになっているが、解説と照らし合わせると、昭和27年時点では水田だったのだろうと思われる。


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 今回は、ビニールハウスの中の様子がうかがえる。覗いてみると、ハウスの中にも、井戸らしきものがある。この複数個の井戸が、坪池氏の「清水」プロットと対応するものだと想像する。


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 これは、先に散歩した時に、神社前の案内板にある湧水の位置として表記されるものとかかわる排水口かもしれないと思って、とりあえず写真におさめたもの。この排水口とこのやや北側の排水口からは、何時も水があふれている。
 これを坪池氏の解説と照らし合わせてみると、「同所より湧出する清水を灌漑水に利用出来た」ということにかかわる現象なのではないかと、勝手に思う。
 ただ、神社前の案内板では、こちらはただ「清水」とあるだけ。

 案内板は、「田屋の清水」は、西根下堰の下にプロットする。示された付近を探してみるが、それらしきものはみつからない。
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 案内板表示の位置とかなりずれてはいるが、それらしいと思える井戸は、高速道路近くで見つける。案内板がいう「田屋の清水」は、こちらではないのかなと勝手に思う。坪池氏の図を確かめると、この辺りに確かに清水の存在がプロットされている。
 この写真自体は、そういったこを意識せずに、管理された井戸の雰囲気がいいと思って撮っておいたものだ。照らし合わせてみるとということだ。

 「田屋」は、小字名らしいが、今のところそれ以上のことは分からない。
by shingen1948 | 2011-08-01 05:33 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)