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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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再び上岡遺跡⑧~本格調査上の上岡遺跡の位置づけ③

 この遺跡の石器類について紹介されることは少ない。恐らく、他の遺跡から出土する石器類が充実しているためなのだろうと思う。
 展示会では、和台遺跡と茂庭の遺跡の石器類が展示されていた。また、「福島のあゆみ」では、渡利の絵馬平遺跡の石器類と、月崎遺跡のくぼみ石と茂庭遺跡の石皿が紹介されている。
 「福島のれきし」では、ほとんどが「宮畑遺跡」からの出土品で語られる。石錘・土垂・石匙など生活用具の解説は、「福島市教委蔵」として一般化された出土品と、石斧などの複製品と共に提示される。

 「上岡遺跡」からの出土品としての石器が見れるのは、図版「福島市史」の石錘2点・土垂6点だ。以下の解説がつく。
 楕円形の土製品に穴を開けしばり目のある土の錘、ひもかけ跡をほった石錘がたくさんある。摺上川で魚をとった遺品である。

 昭和27年の本格調査としての成果の一つに、摺上川河岸段丘の湧水地帯に、背後には葛の松原の原始林を控え、直下に摺上川を得て漁撈生活も行っていたことを挙げている。
 素人目には、この図版「福島市史」が、報告書の成果に忠実に遺品が整理されているという感じがする。

 あらためて図版をみると、この遺跡のメインの出土品「座る座像」が4方向からの写真が提示されている。
 土器は、注口土器、深鉢形土器だ。恐らく、この本格調査時に発掘された遺品だろうと想像される。報告書にある「炉跡B地点付近からは、北西の柱跡の付近で2個の石の上に置かれた壷形注口土器」と「そこよりやや北側の炉跡Cらしきものの上部から鉢形土器」に対峙するものだろうと想像する。
 それに、頭部土偶片2と、雌性胸部土偶片1が提示される。これが、報告書と対比するのは、先に記した以下のことだろうと想像される。
 土偶関係では、「雌性座像土偶」は炉跡Bの2.5m西側付近から発掘されているが、その北側から雌型土偶の胸部(先の雌性座像土偶とは違う)・土偶頭部が、炉の東側からは土偶胸部が発掘されたようだ。

 上岡遺跡【後期・晩期のくらし】には、「土垂や石錘の魚道具が出土し、近くの湿地から果実が発見されているので、旧摺上川の河岸で水陸の狩猟生活を営んでいたことが分かる」と記す。報告書で強調する摺上川と魚道具のかかわりに、さりげなく<近くの湿地から果実が発見>を加え、<陸の狩猟生活>の営みを加えて解説する。
by shingen1948 | 2011-07-25 05:36 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)