地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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再び上岡遺跡②~扇状地を意識する

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 あらためて断層線を確認すると、この「橿原神社」の丘の前の面が東西に走る飯坂断層であり、その西側を南北に走るのが毛勝断層ということのようだ。
 この写真の道路をよくみると、丘を越したところが一段下がっている。あらためて南北に走る毛勝断層を意識する。

 この「橿原神社」の丘は、先に子規が飯坂から桑折に向かう道筋をイメージして散歩した時に「もう一つの奥の細道」⑤ として整理している。
 この神社は「国家神道の歴史をさぐる」という観点からは、新政府の宗教観に基づいて創設された神社だ。その観点からは、この街道を横切り、西根上堰を大和橋で横切り「北向稲荷」へ向かう道として意識している。
 当然、その時にもその稲荷付近の上岡遺跡を意識している。

 子規は、ここを芭蕉を求めて人力車で桑折に向かう途中、「葛の松原」の茶屋で休むのだが、その前にこの新しい時代の息吹を醸し出すこの新築の神社前を通過しているというイメージだ。

 上岡遺跡近傍の地形的な特徴を意識してみると、この丘の西側が毛勝断層で削り取られているだけでなく、東側も削り取られていることに気づく。
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 少し登ってみると、その道を小川が横切り下っていく。「上岡遺跡近傍の地理的考察」がいう名残川だろうか。


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 これは、井戸だろうか。


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 この東側の桑折の山との間がある。


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 その中を川筋が走っている。


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 道を挟んで流れる水筋は結構な水量を保つ。
 これも「上岡遺跡近傍の地理的考察」がいう名残川だろう。

 この辺りの水風景は、直ぐに西根堰と結びつけて観てしまうのだが、この名残川と地形は、その西根上堰よりも高い場所での水風景だ。
 意識するのは、扇状地としての風景だ。

 西根上堰から引かれる水路筋も、この古い扇状地上の浸蝕谷を流れる名残川とかかわり合いながら、それを改変して引かれているのではないかということが見えてくる。
by shingen1948 | 2011-07-18 05:05 | ◎ 水 | Comments(0)