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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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再び上岡遺跡

 「上岡遺跡近傍の地理的考察(秋山政一)」では、上岡遺跡近傍の地形的な特徴を考察し、その地形と環境条件から集落の形成と生活圏について考察している。そこに、歴史的な変遷からこの地区の生活の変化について考察しているようだ。
 その地形的な特色として、「この地域は摺上川の氾濫原及びその段丘上にある」ということを挙げる。

 今まで散歩してきた前田―四箇―板谷内―増田のラインは、その70m付近の河岸段丘沿いに形つくられた集落群の確認だったということのようだ。
 地図で確認すると、上岡遺跡から戻り際に確認してきた西根下堰のラインは、おおよそ80m付近の河岸段丘沿いとみることができそうだ。その河岸段丘の上に連なる集落が湯野の明神町―小姓―東湯野増田―塩野目のラインがあり、その上に標高90m付近の河岸段丘上に西根上堰が流れている。
 山沿いがおおよそ100mラインで、そこを桑折線が走る。
 そんなイメージだろうか。

 上岡遺跡とのかかわりで、もう一つの地形的な特色を考察しているのが、毛勝断層線上の泉の湧出列だ。
 松原山麓に飯坂断層線が東西に走り、その断層線にクロスするように毛勝断層線が走るという。
 まずは、そのことと形成された名残川のイメージを確認する。
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 断層線を意識していなかっただけだ。桑折街道を進むと、その断層線の位置は直ぐに分かる。その断層線の西側には、低地が広がる。


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 その断層線に沿って走る道を進んでみるが、この道は北原村の高寺跡を訪ねた時に、周りを確認しながら降りてきた道筋の一つだ。
 左側の低地に小川が走る。ここは川原村から続いた道で、この川の水源もその村付近であることはイメージできる。


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イメージがつながったところで道を下り、桑折線を横切った後の風景を確かめると、断層面の西側の低地がずっと続いている。
その下を流れる西根上堰を越しても、その低地は連続している。
by shingen1948 | 2011-07-17 06:26 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)