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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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にいだっぱら④~「前野遺跡」・「志和田舘」

 「仁井田条里制跡」で、気になるのは、その地名だろうか。
 一般的に、「仁井田村」というのは、主に江戸時代の新田開発によって誕生した村を由来とするらしいということだ。
 「条里制跡」ということからは、「ゆの村」がいうように、「とても古い頃から水田として開けていたところ」ということになる。

 ここは、その両方が重なりのある所ということだろうか。
 確かに、この直ぐ上には、西根上堰が走っている。その改良の手が加えられないとは考えにくい。

 「摺上川北岸の河成段丘」を意識して、マホロンのデータベースを確認すると、「仁井田条里制跡」の西側が「前野遺跡」という縄文遺跡が広がっているようだ。
a0087378_5173535.jpg
 恐らくこの高台だと思う。
 先に「ゆの村」に「志和田舘」の紹介があり、そこを目ざして来た所でもある。

 たくさんの石碑と一緒に石地蔵様がお堂の中に立っているこの風景、消防ポンプ置場と火の見やぐらのあるこの風景、懐かしさを感じている。


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 散歩では、懐かしい風景として撮ったものだが、「ゆの村」によれば、これが「四箇や新古屋からの集荷場」であるらしい。
 ここに映り込んでいる右側の土手が、「志和田舘」の土塁跡と考えているらしい。
 実は、このことは、整理する段階で確認していて気付いたことで、散歩中は、石地蔵様の西側が「志和田舘」だと勘違いしていたのだ。
 後でもう一度確認してみることにする。

 地形的な広がりの意識では、西根下堰沿いの風景ということも重なっている。
by shingen1948 | 2011-07-09 05:23 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)