地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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にいだっぱら③

 「摺上川北岸の河成段丘」を意識して散歩してみる。
 行きは、西根下堰沿いの道を東湯野まで進む。そこでもう一度河成段丘上の風景を確認する。
 帰りは、伊達街道沿いにその段丘を意識しながら進む。

 東湯野付近を意識して散歩している時には、伊達街道が、その河成段丘に沿って走っているように感じていた。しかし、河成段丘を意識するのには、西根下堰とのかかわりも意識した方いいことに気づく。
 西根下堰は、平野―湯野愛宕公園間を南北に走る道路を横切る付近からは、その河成段丘の中ほどを走るようになる。しかし、伊達街道の北側は、確かにそれより一段高くはなるが、西根下堰は水平に近い等高線を保っているはずなのだ。
 堰は、東湯野付近で北側に回り込んで、そのもう一段高い丘の縁沿いに走り始めるのだ。
 そこに、上岡遺跡があったということであり、その伊達街道沿いの西側に「仁井田条里制跡」を確認したところだ。
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 「仁井田条里制跡」の散歩は、「一つ石」にこだわったので、伊達街道の北側の散歩だったが、マホロンのデータベースによると、その南側の西根下堰あたりまでの田も、「仁井田条里制跡」らしい。
 まずは、初夏の「にいだっぱら」の「一つ石」から西側の風景を確認する。


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 その農道を少し進んだ所から。


 平野―湯野愛宕公園間を走る道路からは、伊達街道の南側の「にいだっぱら」のよさを感じることができないでいた。
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 今回、「仁井田条里制跡」を意識しながら伊達街道を西進してくると、「一つ石」から南に続く畦道が街道を横切る手前付近で、「にいだっぱら」が意識できる広がりを感じることができた。

 その「一つ石」から南に続く畦道を西根下堰まで進む道筋で、改良の手は加えられているのだろうが、少なくとも「ゆの村」がいう「にいだっぱら」を実感することができた。
by shingen1948 | 2011-07-08 05:30 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)