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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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うずくまる土偶③

 「福島の縄文遺跡展」の「「上岡遺跡」の出土品の展示コーナーでは、以下の説明と、昭和56年の発掘調査の写真と出土品が展示されていた。

 昭和56年当時の発掘調査では、地層を確認しながら慎重な調査が行われ、調査範囲は470㎡と小規模なものだったが、住居跡や様々な遺物が見つかったという。
遺跡内の窪地からは、祭祀用の小型土器や漆塗りの土器片などほかの遺跡ではみられない遺物が多く見つかったという。

 展示品に解説はないが、土器には、縄文後期と縄文晩期の表示がされる。昭和53年発行の図説「福島市史」と照らし合わせる。
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 上岡遺跡は縄文後期から晩期にかけての遺跡と考えられているらしい。
 福島市全体の特徴としては、「中期末までは、盆地周辺の山地に住んでいたものが、阿武隈川畔の低地に移ってくる」ということだ。ただ、近くの縄文中期とされる八景腰巻遺跡とこの上岡遺跡のかかわりについては少し合わないような気もする。


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 土偶は、最古の彫刻で、宗教的な女神像である。乳房・下腹部の膨らみ・性器の表現があり、原始時代の人々は、女性の出産・生殖の神秘性から食料の豊産を祈るものとして作り、多くは意識的に壊して住居跡付近から発見される。(図説「福島市史」)
 縄文後期の特徴としては、「顔がつくられ、極端に目が大きく、異様な表情をしている。動物土偶も出現する」とある。


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 小型土器は、解説の「遺跡内の窪地からは、祭祀用の小型土器や漆塗りの土器片など他の遺跡ではみられない遺物」に相当するものなのだろう。


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 この時の展示会では、図説「福島市史」で、上岡遺跡集落を特徴づけた土錘や石錘の魚猟具は、展示されなかった。
 
 同書によると「摺上川北岸の河成段丘上にあって、旧石器を出土した上岡舘遺跡の西に当たる。土錘や石錘の魚猟具が出土し、近くの湿地から果実が発見されているので、旧摺上川の河岸で水陸の狩猟生活を営んでいたことが分かる」とのことだ。
by shingen1948 | 2011-07-04 05:20 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)