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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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桑折散歩の忘れもの④~播磨舘③

 報告書では、西側の虎口の時代を、枡形虎口の形状等から天正後期あたりと推定しているらしい。蔵場が設置等、この舘の経緯をも考慮し、16世紀後半から17世紀前半のものとの推定のようだ。
 天正末期伊達氏改修の可能性を主としながら、上杉氏か蒲生氏の改修の可能性も考慮するのは、横矢掛けの構造等の特徴からは伊達氏以外の想像も捨てきれないらしい。
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 西側と南側の張り出し部分は、櫓台か横矢掛けとして造営された事を想像しいているらしい。
 南側の張り出し部分は工事中だった。
 西側の張り出し部は公園になっていた。ただ、その公園は、新しくなったこの辺りの住宅にお住まいの方々のための公園らしく、他所者には近寄り難かった。小心者には、ここでゆっくり景色を眺めるということはできなかった。
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 播磨舘の縄張りについては、伝来寺の境内までを含めた4つの郭からなる城舘跡とする捉え方もあるらしい。その捉え方では、北端が根小屋の伝来寺舘、南端が詰の舘である播磨舘、その中間部に二つの繫ぎの舘とみるらしい。


 先に散策したのはその感覚だったが、今回は散歩の忘れものの部分までの整理にしておく。
by shingen1948 | 2011-06-30 05:02 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)