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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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桑折散歩の忘れもの③~播磨舘②

 調査報告書では、播磨舘主郭と隔てる空堀が二重だった可能性を検証している。
 天正2年に描かれていた「奥州桑折之図」に空掘りが二重に描かれ、平場中央の道筋も描かれているとのことだ。
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 現況では、一本の空掘の東側は中央部まで道路となって残っているが、西側は埋め立てられアパートが建っている。その中で、西端の法面湾入の状況を確認しているようだ。その痕跡らしい湾入の一ケ所が土塁とアパートの間あたりと推定しているらしい。
 これが、東側が道路になっている空堀とつながるという推定のようだ。それをつなぐと、やや湾曲した空堀筋になるように想像するらしい。
 もう一ケ所の湾入がアパートの北側にあって、そこがもう一本の空堀と想像するらしい。
 報告書の播磨舘の縄張り図から、こんな位置関係かなと想像する。
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 先にこの情報は見ているはずだが、実際の散歩では、西側に虎口の想像という漠然とした情報しか頭になかった。それで、まずは、アパートから回り込んで見えたこの風景に、その可能性を感じて納得する。



 次に目についたのが、土塁だ。
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 これが、西端崖の縁沿いの土塁だ。多分報告書でその部分を読んでいるはずなのだが、この土塁を見つけて新鮮な驚きを味わっている。読んでも忘れているということで、新鮮な感覚が味わえたということだ。


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 内側にもこんもりとした土塁があって、西端崖の縁沿いの土塁とこの土塁の間が播磨舘に向かう道筋なのだろうと想像する。
 ここに民家が建っているので、写真は控えたが虎口の想像に納得する。


 家に戻って報告書の記載を確認すると、ここに通路状の遺構も検出されているとのことだ。土塁が伴っていること、堀切の南側を方形に囲む様相を呈していることと、その遺構検出を理由に、現在は民家への通路になっているここに虎口を推定していたということだ。
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 散歩の中では、土塁がなくなると直ぐに崖になるという景色というだけで、空堀筋の推定とつながる法面の湾入は意識できていなかった。虎口にしか意識はなく、その想像方向から堀側の風景を確かめて満足していた。
by shingen1948 | 2011-06-29 05:50 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)