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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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桑折散歩の忘れもの②~播磨舘

 播磨舘は、「山形・宮城・福島の城郭」では、次のような地形と説明される。
 東側と西側が浸食された谷になっている舌状台地の南側に位置する。標高舘の南側は急崖で、標高72.7m、阿武隈川氾濫源との比高は24mである。
 北側の台地とは、空掘り土塁で画されているとされる。
a0087378_5451829.jpg
 地形的には、雰囲気があるのだが、遺構らしきものはあまりなさそうだ。空堀を道路にしたという西からの登り坂も、その突き当たりにはアパートが建っている。


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 その坂を登りきって、この舌状台地の南北に走る直線道路と交わる地点に案内柱らしきものが建つ。ただし、その字は消えて見えない。
 ここには空堀を渡る土橋があって、播磨舘への虎口になっていたと推定されているらしい。

 先の散歩では、その辺りまでの確認だった。

 整理するためにいろいろ確認していたら、ここの調査報告書を見つけた。その中に、空堀の西側に虎口を推定するところがあった。
 堀切の跡らしいものが西端の法面の湾入する部分にみえるとか、土塁や堀の遺構はこちら側にしか残らない等々の情報がある。
 そちらは見逃していて確認できていなかった。そちらに行くのには、アパートの敷地を進まなければならない。これが、小心者にはなかなか決心がいるのだ。

 今回ようやくそちらが確認できたということだ。
 ただ、今度は先の散策した資料や写真を探すのが大変。震災で県立図書館は開かないので、資料の確認もできない。
 とりあえず、思い出せる範囲で整理しておこうと思う。
by shingen1948 | 2011-06-28 05:51 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)