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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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揺すり出された風景23~今からおもえば75

 飯坂古道は、泉の八幡神社から進んでくる。それが、西環状線の整備に伴って一旦消える。それからこの字界の道筋に入り込むのだが、それを確かめる。
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 この草むらの脇から北に向かって入り込む道筋が、「飯坂道の今昔」で紹介される道筋らしい。現在は、鎖で入り込むことを禁止しているようだ。
 そのまま進めないので、回り込んで確認することにする。

 なお、「飯坂道の今昔」で西道路建設工事に伴い平成11年に街道側より北西67mの現在地点に移転したと紹介される石塔があるのは、この畑の西側の西道路沿いの民家だと思う。そこから逆に考えれば、泉の八幡神社から進んだ道は、西環状線を越えて、その民家から南東67mの位置で、この道筋に入ったのだろうと想像する。そこに「右いいざか」「左ふくしま」の庚申塔があったという事なのだろうかと思う。
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 回り込んで確認したのは、昨日の堰沿いの道と重なる。あらためてその道筋を確かめる。今までならこの草むらを入り込んで確認するところだが、現況ではちょっと躊躇する。
 西側のおおよその風景を頭に入れて、その先に回り込む。


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 この地点が、鎖で入り込むことを禁止している所から、堰を越えた位置であり、この風景が、先に回り込んだ位置から見た反対方向からみえる風景だ。
 「飯坂道の今昔」では、ここに橋があって、それを越えて右手に曲がれば堰沿いに字界道に進むと紹介される。
 これが、その堰沿いの道筋方向ということにもなる。


 これが先に回り込んだ道につながる。
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 その堰に沿った道筋を進んで、つきあたりを左に折れると字界道の道筋に入り込むということのようだ。



 ※ 避難することと「故郷を思う心」とを対比した記事に心動かされる。
 例えば、「産経新聞(2011.6.14)」の「全村避難の飯舘 『村の神様だけ残せない』 苦悶する宮司」の記事に心打たれる自分がいる。
 そんな気持ちが基本にあるので、飯舘村の計画的避難区域にかかわって、「規模の大きい事業者で屋内作業に限定すれば例外的に事業継続を認めることを明らかにした」という配慮を自然に読みとばしたのだと思う。
 飯舘村の計画的避難区域にかかわる情報も、その筋に沿っていたように思う。
 報道では、国が5月中に全村避難を呼びかける中、奮闘する村長さんに視点をあてて応援していた。それを読んでいる自分にも違和感がなかった。

 一方で、ネットの中からは、勤務先を残そうとする管理者層と危機感を募らせた若者層の間にあるギャップとしがらみも読み取れた。
 危機感を募らせる者からは、先の情報の別視点が考えられることの示唆を与えられる。
 「一部企業のため、リスクを押しつける」、「早期避難が重要で、交渉事、土壌改良は、その後でもできる」、「雇用を守るため、施設入居者は放置される」、「避難すべき人を汚染地域に縛り付ける措置」等々……。

 村の意志に沿った方針が、国の方針になるということのよさがあり、各報道も、その趣旨で報じられる。その事に違和感を持たない自分を、それはそれでよいと認めつつも、本来的に持っていなければならない生命体としての危機感というものを失っているということなのかもしれないとも思う。
by shingen1948 | 2011-06-15 06:27 | ◎ 飯坂街道・古道 | Comments(0)