地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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揺すり出された風景22~今からおもえば74

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 最初に「飯坂道の今昔」に紹介される馬道の道筋らしいことが確認できたのは、字界の道筋だ。この道筋が字界の道筋で、「飯坂道の今昔」に紹介される馬道の道筋だと確認できたのは、この石碑を見つけたことだ。
 この碑は、道筋側になるように塀の回し方を工夫している。そこに、案内柱も建つ。

 己巳待供養 寛延二己巳年(1749)
 二十三夜塔 文化三丙寅年十月吉日(1806)
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 はじめにこの字界の道筋に入った時には、「飯坂道の今昔」に紹介される馬道とこの入口の部分に少しずれがあった。ここではないかと思ったのは、字界いの道筋へ真っ直ぐ入る他所の家の前を通るこの道筋だった。


 そのまま進むわけにはいかない。
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 回り込んで確認すると、この家の前に堰が流れていた。その堰が気になって、その堰沿いの道筋も確認はしておいた。
 この道筋は行き止まりになるのだが、昔の道筋らしい雰囲気を感じた。
 家に戻って、「飯坂道の今昔」の紹介を確認すると、この堰沿いの道筋が、古道の道として紹介される道筋であるらしい事が分かる。

 方向音痴なので、最初から資料に紹介されることにたどり着くことはない。まずは、それらしい所の一点がみつかれば、そこを基盤にして周辺を歩き回ることで、最終的にはたどり着く。そんな感じだ。
 今回も、それらしい道筋を何度か歩き回って、ずれた所を修正するということを繰り返すことで、「飯坂道の今昔」の紹介する馬道を確認している。


 ※ 静岡市の製茶1工場で規制値超すセシウムが検出されたという報道をみた。
 静岡県が行った一番茶の「製茶」の放射能調査で、静岡市藁科地区の一つの工場で規制値を上回る放射性物質を検出したという事であった。
 この報道方にはいろいろな視点がある様だった。自分が気になったのは、やられたのが「本山茶」の一部という事だった。
 この「本山茶」というのは、静岡茶の原点にかかわるお茶のようなのだ。(風評被害を恐れているようなので、確認した情報元は略す)

 静岡市の本山茶というのは安倍川流域と、その支流の藁科川流域の上流山間地域のお茶とのことだ。これが、静岡茶の発祥とかかわるらしい。
 嘉禎3年(1237)鎌倉時代、宋から茶の実を持ち帰った聖一国師によって、この地域にお茶がもたらされたとのことだ。
 この山間部の気候的特徴である川霧が、茶葉をやさしく包み、照りつける陽射しをやわらげる。更には、寒暖の差がミネラルをたっぷり含むということで、お茶づくりに最適な生産地だったという。
 また、幕末の頃には、明治天皇にお茶を献上するまで評価が高まり、大正6年(1917)に他の産地と区別するため、「本山茶」と名付けたとのことだ。

 今回は、高い山地へのこだわり、ミネラルをたっぷりと含ませるこだわり、有機農法へのこだわりといったことが全部裏目に出ているらしいのだ。
 原発が破壊しているのは、現実の日常生活だけでない。有機農法・地消地産・本物へのこだわりといった価値観そのものを破壊していることを確認したかった。
by shingen1948 | 2011-06-14 05:54 | ◎ 飯坂街道・古道 | Comments(0)