地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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揺すり出された風景⑳~今からおもえば72

 「飯坂道の今昔」で紹介される「飯坂古道」を散歩しても、この松川越えをなかなか整理できない。すっきりとしないからだ。
 その一つは、道筋が消えてしまってよく分からないということではあるが、もう一つある。
 それは、ここが松川を渡るのに適したところかということだ。
 
 「飯坂道の今昔」によれば、この川寒で二つの道筋が合わさって川越をするとのことだ。道筋が合わさるのは、ここが松川渡りに適しているということになるだろうが、それが感覚的に分からない。
 揺すり出された地形をもとにした散歩で、河岸段丘が強く意識されたが、そのこととかかわることだ。
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 この写真は、松川の南側の岸から北側の対岸を眺めている。この崖、ここがよじ登り易いとは思えない。
 そういう意味なら、橋の西側の運動場からが登りやすい。ここは、運動公園に改変するのに土手を登りやすくしたことがあるかもしれない。しかし、登りやすい候補地は他にもたくさんある。
 
 この地の松川渡りは、わざわざ対岸の高台をめざすと考えないと分からなくなる。多分、
その中で、よじ登るのが自然ではないかと思われるところが、古道の道筋に近いのではないかと思っている。
 そういう意味では、突き出た岬のような地形の東側を斜めに登るのがいいかなと思う。先の写真でいうと、竹林の左手付近ではないかと思うのだが、定かではない。



 ※ 取り戻すべき日常の生活などということを、今まで考えたこともなかった。最近の状況は、その意識もしなかった日常生活の行為の改変を迫ってきていると感じている。

 日常生活というのは、いろいろな選択の結果が蓄積されたものなのではないかと思えてきている。その積み上げによって培われた感覚に基づいた行為が日常生活そのものなのではないかということだ。
 いい訳かもしれないが、年寄りはその積み上げが多い分、なかなかその改変ができないのだと思う。日常生活というのは身体で覚えてしまっているものという側面もある。これを忘れるには、それをもう一度意識に持ちあげる必要がある。それからそれを捨て去るという経緯をたどらないと、日常生活に戻れない。今はそういう状況なのではないかと思っている。

 この震災から一月目位の頃、体調を崩されたり、亡くなられたりした知人が多かった。どの方も、共通するのはお年を召した方ということと比較的元気な方が突然ということだった。
 何の根拠もないのだが、心が折れれば人は生きていけないようにできているのではないかと思えてきている。
 人は、苦しみ・恐怖・悲しみなどを上手に意識の外に持っていくようにしなければならないのだが、この状況はそれを許さなかった。その結果だったのではないかと思っている。

 この状況というのが、震災という自然災害に加えた原発事故なのだと思う。これで、今まで培った価値観を改変させるというストレスを加え続けられたのだが、それに耐えられなかったということなのではないかと思う。
 原発事故の状況下に置かれるといのはその位危機的状況なのだと思う。ただし、若いこと・都会に住むこと・遠くにいることという要素のいずれかを持つ人々には、その重さの感覚はなかなか通じにくいとは思う。
by shingen1948 | 2011-06-12 05:26 | ◎ 飯坂街道・古道 | Comments(0)