地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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揺すり出された風景⑱~今からおもえば70

 先に、「飯坂道の今昔」がえがく道筋を読み違えたかもしれない。この辺りから、土地区画整備事業によって道筋は改変されている。
 地図と本文を照らし合わせて今の道筋と確認してみると、おおよそ「右瀬上」「左いい坂」の道しるべで左折をイメージしているようにも思える。「右瀬上」の道筋も直線に進むが、これも旧道筋の改変に伴って消滅したのだろうと思われる。

 ただ散歩をしていて感じるのは、電気店付近の北に向かう道筋は、現在の道筋より一つ手前の通りなのではないかということだ。
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 その面影に近い雰囲気があるように感じる。右手の民家は、この辺りが整備される前からあって、整備されてできた道筋に沿って塀が回っているが、その中に石碑群が配置された庭がある。その手前にも小さな社が祀られる空間があった。


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 電気店では、わざわざ柵を設けている。想像でしかないが、そこをやや西進して電気店の前の道筋に近い所を進んでもよさそうに思う。確かに旧道はほぼ直線的に北に向かうようだが、道筋は自然な曲線を描くことも考えれば、やや東寄りの駐車場の中を想像するのが自然なような気もする。


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 その道筋らしきものが見え始めるのはホームセンター付近からだ。
 菅原観音堂前の道筋からホームセンターの歩道に続く道筋がそれらしい。ここは、ホームセンターができる前にも散歩しているので、確からしさは少し高いと思う。


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 その道筋を進むと農面道路と交わる地点に信号があって、この道を進むと古道は平野方面に進む。


 ここまで確認して思い出したのは、この辺りを散歩している頃、この手前にも古道の道筋があったことだ。土地区画整備事業にかかわって整備中だったのだが、その道筋は墓地のやや西側の道筋だったはず。しかも、小川沿いで、今思えばこの小川が耳取川のはずだということだ。

 ※ この辺りの公園の放射線量が話題にならなかったのは、わずかに基準値を下回ったということだけだ。
 福島市ホームページで確認すると、4/22測定値が出ている。
 「菅原公園」は、上記墓地付近につくられた公園だが、ここの放射線量は平均3.0マイクロシーベルト/時だ。四隅と中央はほぼ2.8~2.9マイクロシーベルト/時だが、一点3.4マイクロシーベルト/時が測定される。
 なお、この近所の「稲葉公園」も測定されるようだ。ここも放射線量は平均3.1マイクロシーベルト/時で、公園中央は3.4マイクロシーベルトが測定されるようだ。四隅もおおよその地点で3.1マイクロシーベルト/時が測定され、一点2.9マイクロシーベルト/時が測定されて平均値を下げたという感じだ。
 近くには大きな公園もあるが、何故かこの測定値はない。

 素人考えでは、この辺りの都市公園は、芝生を敷きつめて整備されているが、この事が今回の事故では裏目に出ているのだと感じる。
 散歩人としての感覚では、国の基準値を超えなかったという理由で再測定はされないし、表示もされないことには抵抗感がある。
 年寄りはまだいい。子供が遊ぶかもしれない公園をそのまま放置することと、学校生活内で1マイクロシーベルト/時をめざすこととが矛盾していないかということだ。
 そんな素人の戯言が行政を専門的とする方には通じるはずもないことは、承知している。それでも一言言ってみただけ。
 
by shingen1948 | 2011-06-10 05:12 | ◎ 飯坂街道・古道 | Comments(0)