地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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今からおもえば43

 水の里という原風景のイメージと都市化された景色の中に突然スタートする耳取川を重ねてイメージしてみる。

 現在の耳取川の水は、栗本堰の水が主たる水源なのではないかと思っている。
 この堰は、改良工事によって幾つかの堰と統合されながらこの地域に集まってくる。そして、整備された水路の中を通って、この耳取川のスタート地点に流れ込んでいるように思う。
 その間には、湧水、自噴泉、井戸水等の水が流入しているはず。水路図は確認していない。

 元々は、名もない田のあぜの脇を流れる水路等が集まって、小川の水となり、それが耳取川になったのではないかと想像する。そこに、今は消えてしまった小さな湧水のイメージも重ねる。
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 「めっこ清水」は、そんな水風景の中の代表的な湧水だったのではないかと思えてきている。
 この「めっこ清水」は、先にも「吾妻の里の自噴泉と伝説」として整理している。
 しかし、この時にはその背景として水の郷のイメージを持っていなかった。清水公民館の地図を頼りに湧水を確認しようとした時点でも、水の里を実感できていない。
 それが、今回井戸水をプロットできたことで、湧水のイメージに実感が伴ったような気がしている。耳を澄まして水路をたどってみると、豊かな水量水音が聞こえ、途中地域の水を活用した痕跡を見つけたことも大きい。
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 本当は、この「めっこ清水」は、この地区が水の里であったことを象徴的に感じとれる役割を担っていたのではないかとも思う。
それなら、湧水の池から耳取川に流れ込む川筋までそのまま残して整備してほしかったとも思う。

 そうすれば、水の郷だった原風景がイメージ出来て、耳取川の始まり地点が自然な風景として受け入れられたのではないかとも思う。
by shingen1948 | 2011-05-12 05:02 | ◎ 水 | Comments(0)