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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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今からおもえば39

 震災直後、「復旧の見通しなし」の情報から始まった水道の復旧には、時間がかかった。しかし、「今からおもえば」感覚的には実際の復旧よりも速かったと感じている。その実感は、給水車での給水を受ける人数が激減したこととかかわるのかもしれない。それに、簡易水道組合協力による自由給水が大きくかかわったのだと思い、整理してきた。

 このことには、民間の井戸水の供給もかかわっている。
 そのことを知ったのは、給水所の掲示板に掲げられた広報だった。民間の井戸水の供給案内とともに地図案内がされていた。その地図を参考に確認してみたが、実際にはその水を頂くことはしなかった。
a0087378_456225.jpg
 そのうちに、協力する井戸水の処に表示がされ始めた。一見すると、普通の水道の蛇口だ。その表示をみて、これが井戸水だったんだと分かる。ここでは、蛇口を外して簡単に大量の水が汲めるように、わざわざ蛇口を外してくださったようだ。

 表示は無かったが、近所の方が大きなポリタンクを抱えて給水する姿をみて、これが井戸水だったんだと分かるということもあった。
 随分多くのお宅で地下水が使用されているんだなというのが、実感だ。
 そして、困った人に呼び掛ける自由給水表示や近所の方が給水する姿は、人情がまだ残る風景でもあると思う。このことも、「今からおもえば」実際の復旧よりも速い復旧に感じたこととつながるように思う。

 これもまた、この辺りが豊かな水環境であることとかかわると思う。
 不謹慎かもしれないが、この地では豊かな水の里である風景が失われたと思っていたのだ。それが、地下水の利用という形で残っていたということの発見であり、それがこの人情というものとからんで表出した風景に見えたのだ。
 この辺り、こんな原風景の街だったんだろうなというイメージが浮かんだような気がした。
by shingen1948 | 2011-05-08 05:04 | ◎ 水 | Comments(0)