地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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さいで地蔵尊②

 具体的に「さいで地蔵」として半沢氏が紹介するのは、中妻の地蔵尊だ。
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 この中妻のさいで地蔵尊と思われるお地蔵様には、解説通り、地蔵様の周りには、奉納されたと思われる木の船で一杯になっている。
 多分、お地蔵さまを後ろから包むような感じのものも舟のようだし、その前にあるのも石の舟を表しているのだろうと思う。

 祈りの中で、疫病対策は、二つの方向性があるらしい。
 その一つは、疫病を入れないようにすることで、例えばしめ縄とか、神札を竹に挟んで立てるとか、賽の神を祀るということがあるだろうか。
 もう一つが、人形などに疫病をつけて、この疫病のついた人形とか厄神などを送るということだろうか。
 ここからは、散歩人の想像だが、木の船を奉納したり、地蔵様が舟に乗ったりすると云う事からは、後者の例とかかわるのではないかと勝手に思う。
 地蔵様に、「さいで」という病を背負っていただいて、それを遠くに送り届けてくださるお地蔵様という感覚だと思うのだが、どうだろうか。
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 ここでは、そういった風習が生活の感覚として生きているのではないかと思える。
 そう思うのは、この風景が自然であることだ。
 地区の中で、とりたててこういうものがあるという主張がある時には、そこに案内柱などが建つ。この近所では、長勝寺の義民半十郎の供養碑、中妻の天王社、それに、木の根橋として紹介される杉の木にその案内柱が建つ。
 
 その杉の木の根元には、六地蔵があり、念仏講碑などの石碑群があるが、ここは案内されない。また、民家の入り口にお地蔵様がさりげなくお立ちになっている風景も見る。
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 これは、昔の人々の思いのようなものが、日常の中に溶け込んでしまっていて、取り立てて意識するというようなものではないということなのではないだろうか。その中の一つの風景として、このお地蔵様の風景があると思えるのだ。
 自分の心にある原風景と何となく響きあうようなものを感じる。

 これが、さいで地蔵様の原形なのではないかと勝手に思う。
by shingen1948 | 2011-03-02 11:11 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)