双体道祖神 ②
2011年 02月 26日
これが、道標とのことだ。「右在御道」「左山王道」とあるそうだが、ぐるりと回ってみたがその確認はできなかった。
元々は、現在地より福島方面17m先のT道路にあったものを、平成6年にここに移されたものとのことだ。

「右在御道」は、田畑の間を通って土湯街道へ、「左山王道」は、福島方面から大森を経て水原に抜ける本道であることを示しているとのことだ。
「ふくしま散歩」によると、安政5年8月吉日、発願主「佐藤伝之助」「周古重松」「重作茂兵衛」が建立したもので、この地方木田吉の内と刻まれているとのことだ。
案内板に、道祖神神社にかかわる古老の話が紹介されている。
結婚式に行く花嫁は、けして道祖神神社の前を通ってはいけないとのこと。それで、福島から大森方面に行く花嫁は、道標の分かれ道で右に進んで、神社を避けて在郷道を通ることになっていたとのことだ。
これは道の神の指図を受けて幸福に結婚を進めようとした配慮であり、村人と神様の結びつきが偲ばれるとする。
この方木田の道祖神神社の双体道祖神が北限と紹介する情報に、岩崎敏夫著「村の神々」で、昭和4 3年現在も続く、以下の人々の信仰的なかかわりが紹介されるらしい。そのことと、この古老の話が結びつく。
〇 自動車の運転手も「毛が無い」 、「怪我ない」の縁故から参詣している。
〇 婚礼の時嫁婿はこの社の前の道路を通らない。
〇 村の子供達が奉 納の道祖神さまを持ち出して遊んでいるのを見た某は、「この罰あたりめ」と子供を叱って取り上げ堂内に納めたところ、道祖神は子供が好きなので、夜中に神託があって戒められたとのこと。