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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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岩代清水の泉と池をめぐる23

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 この自噴井の井戸は、先に「岩代清水の泉と池をめぐる~福島の水道とかかわって③」として整理した。本当は、先の記事の写真を交換しておこうと思ったのだが、もう一度整理しなおしておこうと思った。先にふれていない意義がもう一つありそうに思ったからだ。

 それは、地元の水という思いが薄らぐ時代に、この井戸をあえてつくったということのようなのだ。最近目にした「福島の名水」によると、この井戸は、平成になってからできたものとのことだ。

 この地域の飲料水は福島の水道へ参画する経緯の中で、地元の水ではなくなっているらしい事を、散策を通して知った。
 湧水を飲水にしていた時代は、その意識がなくても、この地域の水は貴重な財産であったはずだ。良質の水が湧き出ることが、崇拝の対象となり得るという感覚だ。
 しかし、平成19年に、この地区の飲料水が完全に地元産の水でなくなった時点で、その感覚はなくなったということだと思う。
 安定供給される飲み水と引き換えに、地元の水に対する意識は薄らいでいったはずだと思う。その設備も巨大化され、より水の実感が伴わなくなっていく過程だったと思う。
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 そんな中で、この自噴井の井戸には、あらためて地元の水を意識させたということもあるのではないかと思う。
 それが、「1995年には日量約400?自噴し、近所の人々はもちろん関東圏の旅行客までもがおいしい地下水をくんで帰ったほどであった。」ということにつながったのだろうと思う。

 ここで意識されなおされるのは、地元の水質ということであり、この上流の水管理ということも含む。
 昔語られた上流の工場の排水管理、農薬の影響などの問題は、今では問題視されることがなくなった。これは、問題がなくなったということではない。地元の水への意識が薄らいだこととかかわっていると思う。水管理は、最大限の努力はなされているはずだが、それでも、汚染は進んでいるに違いない。恐らく、飲料水として湧水を利用しようとすれば、この地区でも深井戸にする必要があるという状況なのではないかと想像する。

 水質にこだわる必要性がなくなったことは、ある意味幸せなことだ。しかし、水質にこだわる装置があってもよさそうな気もするという勝手な期待も込めて、撮った写真をもとに整理し直す。
by shingen1948 | 2011-02-24 06:01 | ◎ 水 | Comments(0)