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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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岩代清水の泉と池をめぐる⑲

 扇状地を意識して川筋をたどってみたり、等高線を意識して南北に走る道を歩いてみたりを繰り返す。すると、大きく扇状地という地形の中にあっても、その違いを主張しだす風景とも出あう。

 特に気になったのが、清水中の西を走る標高90m等高線沿いの道だ。
 清水中校庭が、おおよそ標高90mと意識したこともあるかもしれない。その等高線の連続が、この清水中の南端で切れて、そこから窪地になっている。
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 その窪地の内側から、清水中の方向を見る。
 清水中の校庭が、おおよそ標高90mなのだが、その高さを意識して眺めると、道路を挟んで左側にその高台が続いている。そして、そこから手前が、削り取られたような地形になっていることが分かる。


 その高台と削り取られたような地形の境界線をたどってみると、この地点から眺めた感じでは、先に整理した大坪水源池跡あたりのように思う。
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 その大坪水源池跡に建つ案内板の説明によると、そこは大昔から大量の清水が湧きだしていたという。その湧水などが造り出した地形と思えなくもない。清水水源地の揚水がはじまってからは、その湧き水はなくなったとのことだが、今もその脇の少し高台を中江渠の支流と思われる川筋が流れ続けている。


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 この窪地を流れる水路を確認すると、大小合わせて7本走っている。当たり前だが、水は高い所から低い方に流れる。この付近に大量の水が流れることがあったなら、この窪地に沿って水が流れたであろう事を想像する。
 ここに、「森合史跡地図」にいう「旧松川段丘崖」のポイントとの連続性を意識すれば、半沢氏が記す寛永13年以前旧松川床とする記録とのかかわり地点と想像できる。
 これが、松川が南流していた事を想定して、散策で観察した事を結びつけた川筋と結びつく地形とみてよいのだろうか。
Commented by てんこ at 2012-10-24 08:30 x
散歩がたのしくなります。
Commented by shingen1948 at 2012-10-26 05:44
表示遅れました。表示させようと思ったら、「混雑のため後にして」とのエキサイトの指示があったためです。

同じ風景なのに、ふと新たにみえることがあるのが楽しいですよね。
Commented by てんこ at 2012-10-27 10:05 x
この清水中学校から見る夕焼けが好きす。実家が飯坂なので飯坂編も楽しんでます。
Commented by shingen1948 at 2012-11-02 07:19
自分も飯坂に住んだことがあって、その時には日常生活の中で見えなかったよさが、離れることで見えてきて、今散歩で出かけているという状況です。
by shingen1948 | 2011-02-19 05:05 | ◎ 水 | Comments(4)