地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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岩代清水の泉と池をめぐる⑯

 偶然の見つけものを、雑然とその中に入れて整理してしまうという脇道の②ということで、「双体道祖神」をここに整理してしまう。

 公民館の案内板で、久盛院の双体道祖神が紹介されていた。
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 この寺の正門脇のこの石像に、「奉納道祖神」と記されているので、多分これがその「双体道祖神」ではないかと思う。
 この脇には、「八幡大権現」が鎮座する。これは、先に「松飾りを納めた泉八幡神社」として整理したこととのかかわりだろうと想像するがどうだろう。
 泉澤山久盛院の由緒沿革には、慶長(1596~)以来、泉村鎮守鷲神社と八幡神社の祭事に奉仕してきたとある。
 八幡神社は、寺が祭事を司っていた頃は、神仏習合であったことを想像に加えれば、その前身は「八幡大権現」の可能性が高い。それなら、この大権現様は、あの八幡神社の御先祖様ということではないかなと、勝手な事を思っている。

 「双体道祖神」だが、今までの散歩では意識していなかった。「野仏の見方」で確認する。
 それによれば、道祖神は、道沿いに来る悪霊や疫病を防ぎ、村人や旅人を守護する神を祀った典型的な路傍神とする。その路傍神が、寺に奉納されたということだろうか。
 元々の路傍も気になるところではある。
 「野仏の見方」では、道祖神に願うのは、「塞の神(悪霊や疫病の村への侵入を防ぐ)」であったり、「ふなどの神(道行く人を守護する)」であったりするとのこと。いずれにしても、これは路傍の神であるという。

 個人的には、道祖神は、「野仏の見方」でいう「金精神」だと思っていたところがある。
 そのことについては、同書では「地域によっては」として、次の説明が続く。
 性の神や結縁神としても祀られることがあり、子宝、安産子孫繁栄と結びつき、豊作祈願の作神や生産神ともなるという万能の神様になりえる。

 似たような石像を見つけたが、ここに整理するかどうか迷ったのがこの像だ。
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 これは、奥羽本線(山形新幹線)と高速道路が交わる辺りの110.6mの三角点が確認できるものか出かけてみたときに見たものだ。
 米沢街道の馬頭観音の石塔群とともにあったこの像は、同書にいう、似て非なる石像として挙げた「地蔵ニ体掘り」かも知れないとも思う。
 混同しやすいのに「双体道祖神」と「地蔵ニ体掘り」と「庚申塔のニ童子」というのがあるとのこと。「庚申塔のニ童子」は、金剛と共にあるということで判別できそうだが、地蔵ニ体掘りとの違いは、説明だけでは読み取れていない。

 福島の双体道祖神については、福島市方木田にある双体道祖神が北限だという情報もある。
 そんな中で、それより北にあるこれらの像をここに記すのは、少し不安ではある。
by shingen1948 | 2011-02-16 09:31 | ◎ 水 | Comments(0)