地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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岩代清水の泉と池をめぐる~福島の水道とかかわって⑦

 先に、監獄署の水道水源池を求めて、その敷設によってできたという「新道」をたどってほたるの池公園にやって来た。正岡子規が極楽に例えた「信夫山公園」に対して、地獄に例えた「監獄署」への興味での確認だ。
 まずは「監獄署」を確認すると、その時点では東北一の近代建築であり、それに似合う設備としての水道水源ということだ。その新道をたどってくると、ほたるの池公園にたどり着き、ここがその水源池だろうと推定した。
 その時には、ここにある3つの池の総体として、漠然とここだと推定した。何となくトイザラス脇の「配水池」がその中心施設と観ていたのだが、そうすると清水公民館脇の案内板にある「福島町水源池」の位置が特定できなくなって困った。
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 それが、今回「さんくるげ」さんのアドバイスを受けて、すっきりした。
 結論は、この「ほたるの池公園」の3つの池のうち、トイザラスよりのこちらの池が「刑務所水源池」らしいということだ。
 最近見かけるようになった「森合村図記碑」案内板のこことかかわる以下の記述内容とも一致する。

 同年(明治18年【(1885】)、福島県監獄署(信夫山南麓、現在の福島市狐塚地内にあった福島刑務所の前身)が当村の清水地内のわき水(現在のコープマートいずみ店北側、清水ほたるの池公園南側)を署内にひきたいと申し出てきた。その条件に村内を通す用水路を利用して村内3ケ所に水道井戸を設置し、その管理も永久に監獄署でおこなうことが提示された。

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 ここでいう用水路にあたるだろうと思われる川筋とこの池との関係も自然に見える。写真では表現できていないが、他の池とは違う清らかに澄んだ水の光だ。


 この福島県監獄署の水道が完成する明治18年(1885)に、「柳清水」水源の福島町水道が、福島町所有になっている。
 それまで、この水道は、個人専用井戸は有料だったが、共同井戸は無料だったということのようだ。
 明治22年(1889)には、木管だった水道を陶管に換える大工事が行われるという経緯を経て、明治36年(1903)に、新たな水源池が求められる。
 その水源地が、この隣の配水池ということらしい。
by shingen1948 | 2011-02-06 05:16 | ◎ 水 | Comments(0)