地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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岩代清水の泉と池をめぐる~福島の水道とかかわって⑥

 水の里の原風景とも思える「ほたるの里公園」の風景は、「「吾妻の里」泉地区で見つけた清水と水神様 」として整理している。
 ここは泉地区という表現よりは、清水地区あるいは森合地区とした方がいいというのは最近分かったこと。(※ 先の「柳清水」にかかわって整理した「清水村と泉村の境界線」というのも、「南沢又村と泉村の境界線」に修正する)
 ただ、ここで感じた水神様を祀る雰囲気は今も変わらない。
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 池の側には水神の祠があり、良質の水が出ることが崇拝の対象となり、水神を祭る具体的な姿にふれている。感性的な畏敬の念ということからは、具体的な象徴として、蛇、河童、竜などの姿に変化する感覚であろうか。
 今回は飲料水とかかわる湧水をめぐっているが、その視点でいえば、湧水は共同で利用する地域の集落の貴重な財産だったということでの水神様ということであろうか。

 ここの案内板の記述には、明治39年当時の福島町水道増設の際、水源地として追加するとともに旧福島刑務所上水道水源地として利用の事蹟ありということがある。
 このあたりが、福島町の水源となるのは明治36年(1903)で、旧福島刑務所上水道水源地となるのが明治18年(1885)とのことだ。
 ここに記されるのは、明治39年(1906)頃ということなので、福島町の水源の実績の上で、更に必要量の変化があって増設された際に、ここの水もその水源の一つとして活用されたということだろうか。福島町の水源とされる所が、配水池という言い方もあるらしいので、そういった変遷の可能性があるのかも知れないとも思う。
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 ただ、うまく表現できないが、ここが直接的にはそういった人為的な人間生活への活用ということにならなかった背景を感じることが大切なのではないかと思う。
 ここは、古くは森合村の、それより少し新しい時代には清水村の大清水である。その崇拝の対象となるほど畏敬の念の深さを感じたい。水神が祭られている風景や庚申の石碑群は、そういった崇められる地という背景を醸し出す。
 その大切な思いは、森合村が福島町と合併しても継続され、この水に直接手をつけることは無かったということではないかということだ。
 それで、直接ここを水源として人為の手を加えるのではなく、この近くの湧水を水源に福島町に水が供給されたということなのではないかと想像する。
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 更には、この大清水の名にふさわしい大量の湧水をみていると、浄化のイメージが湧く。
 まだ整理していないが、今回は、蓋をされて道路になった水路も含めて、近くの川筋を歩いている。その川を意識して、この湧水を眺めていると、川はここから始まるという感覚になる。


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 少なくとも、ここから流れ出る大量の湧水が小さな川となって流れ込む小川の水は浄化されて、その下流に送られていくということになる。
Commented at 2011-02-05 23:50 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by shingen1948 at 2011-02-06 05:34
情報ありがとうございます。
散歩をする立場での基本的姿勢として、案内板に記述されている内容に誤りらしいことを感じた時には、それでもそう記述したかった心情を察するようにしています。
 そういうことも含めて、「『大清水』から出た小川の水は、旧福島町・旧福島刑務所水源地にも流入している」ということで、「大清水」「旧福島町水源地」「旧福島刑務所水源地」を一体的に捉えるべき風景という主張を感じるという程度に落ちつけてみます。
それはさておき、どこかでお会いしているかも知れませんね。
また、アドバイスお願いします。
by shingen1948 | 2011-02-05 05:01 | ◎ 水 | Comments(2)