人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

カテゴリーを少し変更する

 最近、実際に整理していることと、カテゴリーがずれてきていることを感じていた。それでも、自分の頭を整理するだけなので支障はないということで、そのままにしてきたところだ。しかし、年が変わったことなので、これを機に少しいじることにした。

 「会津からの路(信仰と文化)」の項目は、「会津からの路」を外し、「信仰と文化」と変更した。
 スタートの時点では、会津の恵日寺を意識していた。散策の範囲も、仙道地域の徳一の影響を受けた事を誇りにしている範囲だったので、この題がぴったりだった。ところが、散策の範囲が霊山寺まで広がってくると、もう一つの文化という対立的なイメージが強くなった。
 散歩のイメージでいうと、法相宗に同化するというよりは、対峙する天台宗というようなイメージだろうか。これらを、包括的に整理していくには、「会津からの路」という限定を外す方が整理しやすいと思ったのだ。
 そうすると、「地域の散策と心の故郷」の「心の故郷」との重なることが多くなるが、こちらは修正せずに、自分の気分の変化の様子を見ていくことにする。

 「会津への路(伊達政宗)」は、伊達氏の旧地である信達地域の散策から、伊達政宗が会津をめざす辺りを散策していたことを整理していた。その中では、伊達氏と対峙する方々とかかわる散策も含めて整理していた。これには、山岡氏の「伊達政宗」を、現地のイメージを持ちながら読むという、もう一つの楽しみがある。今のところ、1~3は、そうなっていると思っている。
 ここに、「信夫の里(天地人の時)」の散策がかかわると、伊達氏が会津を後にした時代になるのだが、そのまま伊達氏は伊達氏として整理したいので、そのままのカテゴリーの中に入れている。

 「埋蔵文化財(古墳・それ以前)」というのは、最初「安達太良山麓埋蔵文化財」というカテゴリーに整理していた。それは、高橋丑く太郎氏の古代史の研究の足跡をたどっていたからだ。氏の範囲が、大玉村、本宮村を中心とした古墳時代以前の埋蔵文化財の研究を中心としていたので、その題にした。
 しかし、そのうちに安達太良山麓だけでなく、信達地域や会津地域の散策の中の古代史とかかわるものもこの中に整理していくようになった。題はそのままにしていたが、これも「埋蔵文化財(古墳・それ以前)」というカテゴリーに変更した。

 これ等は、自分の置かれている環境の変化に伴う活動の変化でもある。そのことで、視野が変わる。そこに散歩の経験の積み重ねが加わって考え方も変わるという変化でもあると思う。
by shingen1948 | 2011-01-30 05:03 | ブロクとわたし | Comments(0)