人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

飯坂散歩⑬:公園計画と天王寺

a0087378_58411.jpg
 今回の飯坂散歩とこの天王寺とで、つながったものがもう一つある。公園計画だ。
 この天王寺の散歩は、昨年3月末だが、その時に確認した「天王寺公園碑」に書いてあることが気にはなっていた。その刻まれている内容を読み取るのに、この写真の原本を保存していたが、そのままになっていた。
 それが、今回の飯坂散歩の確認で、「飯坂温泉史」にこの碑に書かれている内容の紹介があるのを見つけたのだ。明治時代、愛宕山等と共にこの場所を、公園にしようという計画があったらしい。
 「飯坂温泉史」によると、「天王寺公園碑」には、次のような内容が刻まれているらしい。

 天王寺公園碑
 正四位伯爵伊達宗基朝臣篆額
 大槻修如電撰文 高梨柱雲 書

香積山天王寺在信夫郡飯坂、伝云聖徳太子創天王寺者四、是其一、中葉以降数罹兵燹伽藍蕩尽、多聞天王及太子像纔存焉、天正中、右近将監飯坂宗康、再造殿宇、且奉其母所崇信観音大士像安置一堂、請智鑒禅師為中興開山、爾来三百二十余年、長伝臨済法灯、現在文雅師、毎念此寺為千載古刹、一盛一衰、雖我道所不免、自今欲伝之久遠、不可不大借衆庶之力、
去年己亥(明治32年)与郷人謀、開後山以充遊覧処、衆皆勧(ママ)喜、従事劖崎嶇植花木、治為公園、試登而遊月(目)孱顔(さんがん) (山の高き貌)相対者、為大鳥山佐藤庄司城址也、白煙(炬)出林者鯖湖湯也、晴虹渉水者十綱橋也、遠望霊山峨々隈水洋々、信達ニ郡田疇村落点綴可指、而麓有温泉、陰有清沼、真箇快楽場、初治園也、鋤地獲古陶四壺、有銘信夫御庄天王寺如法堂大勧進僧定心大檀主藤原真年、承安元年八月等、総一百三十余字、承安距今七百ニ十九年、当時香火之盛可想夫、口碑所伝金石所遺採付之記文、一境之蹟百世之後、猶今之視古、是師等之志也、
嗚呼仰太子高風、追将監孝思、而四時可逍遥山水、可嘘傲不啻 (うそぶき楽しむ) 一郷公園、抑亦四方人士所楽且遊也、余始至此地在慶応戊辰戌馬之際、不及深探其境、後再浴干鯖湖甚愛其清爽、而師為我同郷但木氏子此地此人宿縁非浅豈可無記及記、

 明治三十三年九月ニ日

※ ( )は、自分で読み取り確認するためにメモしたものだが、外すのが面倒でそのままにしてある。
by shingen1948 | 2011-01-17 05:20 | ◎ 信仰と文化 | Comments(0)