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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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初詣は東屋沼神社

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 元日は、比較的穏やかな天候だった。夕方、散歩がてら出かけたのが、平野の東屋沼神社だ。東屋沼神社は、飯坂電車平野駅の東側に鎮座する。
 最近、散歩を通して感じるのは、山の林や岩、それに、豊かな水に畏敬の念を持つ自分だ。神に祈るのは、正月だけだ。その時位、素直に自分の感覚と向き合ってみようと思った。原点に地元の山や自然を神として祀っているところがいいということで、ここにした。

 この神社は、境内の御由緒書きでは、延喜式内明神大社である事を中心に紹介されるが、もともとは中野の東屋国神社とともに、吾妻山を祀る「山の神」だったということだ。
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 拝殿は東向きだ。今は、飯坂電車の平野駅で風景は見えないが、大笹生の山々を近景に、その後ろに吾妻山を配したに違いない。神社はもう仕舞支度をしていたが、その山神を思い参拝する。

 帰り道、神社で感じるべきだった背景としての景色を暫く眺める。

 延喜式内社の考証は難しいようだが、「福島の歴史」では、信夫郡の延喜式内社の5社として、鹿島神社・東屋国神社・黒沼神社・白和瀬神社とともに、ここ東屋沼神社を紹介する。
 東屋沼神社境内の御由緒書きでも、大和政権の支配が及んで、中央から移り住んできた人々の信ずる神をまつり、信仰するようになってからのことを中心に紹介する。朝廷が蝦夷を従える戦勝祈願のため、日本武尊などの武運を守る神を奉るになったことも併せて紹介する。
延喜式内明神大社 東屋沼神社御由緒
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 本社の創建年代は明らかではないが延喜式明神大社にて、一千年以上の古い歴史のある神社で、少名彦那命(すくなひこなのみこと)、大巳貴命(おおなむらのみこと)【大国主命】 素盞鳴命(すさのうのみこと)日本武尊(やまとたけるのみこと)の四柱を祀る。
 往古吾妻山雷沼のあたりに鎮座せしを、山麓の大笹生木落山(一名御林山)遷して当時「七松大明神」と称し、のちにまた現在地に遷し祀ったものである。維新前は摺上川、松川の間余目弐拾余郷の総社たりしが明治4年辛未年郷社に列せられ後、又明治8年乙亥年村社に列す。

 「平野の伝承とくらし」では、この東屋沼神社を「明神様」と称して、名神大社だったと紹介する。名神大社は、当時国家に大事があるたびに、諸国の名神大社に臨時に奉幣使を遣わして祈願し、名神祭を行った神社とのこと。
by shingen1948 | 2011-01-04 05:27 | ★ 季節便り | Comments(0)