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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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安江君碑を探す②:安江繁家35

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 この古碑は、この季節から春までの間に、枯れ草の中で蔓に巻きつかれながら、その姿を現すということを長い間繰り返してきたのだろうと思う。ただ、誰もその意味することが読み取れず、「大笹生館にある古碑」とも「安江君碑」ともいわれているということのようだ。
 地元の方にとっては、この碑の建っている地名が舘ノ下ということで、大笹生館地内とのかかわりを強くイメージするのだろうかと思う。


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 何か読み取れないかと、蔓を払ってみる。
 宗教的な事とこの碑のかかわりはよく分からないが、多分、この上部の〇には、梵字とかいわれるものが刻まれていたのであろうと想像する。


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 そして、この石碑全体が線で囲われて、その中に文字が刻まれるという全体イメージのデザインだろうか。
 その中央に大きめの文字が刻まれていたのではないかと思う。

 何か判読できそうなところはないかと探してみると、右端に傷んでいないところがある。


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 そこに「月」の字が見えるような気がする。無理に読めばその下には、十の字が読めそうな感じがしないでもない。

 全体的な雰囲気的としては、墓碑のような気がするがどうだろうか。「根津監物の墓」と似ている感じとのことだが、確かにそんな感じだと納得する。
 勝手に、このデザインが教派とか時代とかとの共通項とはなりえないものかとも思ってしまうところがある。斜めから透かすと何かが見えるかもしれないと思ったが、今の処は、それ以上の判読もできそうにない。
Commented by MASA at 2012-07-23 21:56 x
安江君碑についての情報です。
大笹生笹谷文化財保存会創立十周年記念誌「郷土のあゆみ」(昭和53年11月21日発行)掲載の「幻の大笹生城跡」に、昭和51年に同碑の拓本をとったところ、「6月21日」と読み取ることができ、寛永12年6月21日に亡くなった安江繁国の墓碑ではないかと推定できるとの記載がありました。
この「幻の大笹生城跡」には、代官屋敷やこそり橋の伝承が記載されており、興味深いものがあります。
Commented by shingen1948 at 2012-07-24 13:11
情報ありがとうございます。
安江君碑というと顕彰碑のように感じますが、全体的な雰囲気的としては、墓碑のような気がしていましたので、「6月21日」判読が、安江繁国の墓碑とする根拠は、確からしさが高そうに思えますね。
「郷土のあゆみ」は、目を通したような気がしますが、この情報は見落としていました。ありがとうございます。

墓地の墓碑とのかかわりが気になってきますね。
by shingen1948 | 2010-12-30 05:04 | ◎ 信夫の里(天地人の時) | Comments(2)